保有効果とは?持っているものを手放しにくくなる心理
会社で使っている機器や備品を入れ替えるとき、「まだ使える」「せっかく持っているから手放したくない」と感じることがあります。所有しているものは、同じものをまだ持っていないときより高く評価されることがあり、これを保有効果と呼びます。
ただし、持っているものを残す判断がすべて保有効果というわけではありません。買い替え費用や移行の手間など、手放さない合理的な理由もあります。仕事では、「すでに持っている」という事実と、これから保有し続ける経済的・実務的な価値を分けて比較することが大切です。
保有効果とは 意味と仕組み
保有効果(endowment effect)とは、あるものを所有している人が、所有していない人よりそのものを高く評価する傾向です。研究では、手放すために最低いくら受け取りたいかという受取意思額(WTA:willingness to accept)と、手に入れるために最大いくら払うかという支払意思額(WTP:willingness to pay)の差や、所有した品物を別の品物と交換したがらない行動などから調べられてきました。
説明用の例:会社が現在使っている業務用機器を、中古市場では20万円で売れるとします。自社で所有しているため「30万円以上の価値はある」と感じても、その評価が今後の性能や維持費に基づくものなのか、「今持っているものを手放したくない」という感覚を含むのかは分けて考える必要があります。
研究で分かっていること
研究からは、所有することで品物の評価が高くなったり、交換や売却をためらったりする傾向は繰り返し観察されていることが分かります。一方で、その大きさや原因の解釈には議論があります。保有効果を「損を嫌う心理だけで必ず起こる」と説明するのは、現在の研究を単純化しすぎます。
また、売り手の受取意思額と買い手の支払意思額の差は、実験の説明方法や参加者の理解によって変わる可能性も指摘されています。そのため、所有している人の評価が高かったという結果だけで、すべてを同じ心理過程の証拠とみなすべきではありません。
中心となる研究:所有したマグカップは交換されにくかった
Kahneman、Knetsch、Thalerは1990年、マグカップなどの消費財を使った複数の市場実験を行いました。実験では、参加者の一部にマグカップを無作為に与え、所有者には「いくら以上なら手放してもよいか」、所有していない側には「いくらまでなら買ってもよいか」を示してもらい、市場で取引する機会を設けました。
標準的な経済理論なら、無作為に所有者を決めても多くの取引が起こると予想されます。しかし、マグカップの市場では実際の取引量が予測より少なく、所有者が求める価格は買い手が払おうとする価格より高くなりました。一方、交換用トークンでは、予測された取引量が観察されました。ここでいう交換用トークンは、参加者ごとに実験者が現金換算の価値をあらかじめ定めた、実験内で取引する対象です。マグカップのように本人が用途や好みから価値を付ける消費財とは異なります。
この研究は、所有状態そのものが消費財の評価や交換行動に関係することを示す代表的な研究です。ただし、マグカップを使った実験市場の結果を、会社の設備・不動産・契約などへそのまま同じ大きさで当てはめることはできません。
保有効果の原因は「損失回避」だけに限られない
MorewedgeとGiblinは2015年の統合レビューで、保有効果は伝統的に損失回避、つまり同じ大きさなら利益より損失を重く感じる考え方で説明されてきた一方、研究ではそれだけでは説明しにくい結果もあると整理しています。
レビューでは、参照価格、所有によって注目する情報が変わること、心理的な所有感など、複数の説明が検討されています。参照価格とは、値段を判断するときに比較の基準にする価格で、周囲で見た価格や記憶している価格などが基準になります。同じ品物でも、どの価格を基準にするかで評価が変わる可能性があります。したがって、保有効果が見られたときに、その原因を一つに決めつけるのは適切ではありません。
実験手順によって結果が変わる可能性も議論されている
PlottとZeilerは2005年、価格を答える方法について十分な練習や説明を行い、参加者の誤解を減らす手続きを使った実験では、マグカップなどで受取意思額と支払意思額の明確な差を観察しませんでした。この結果から、過去の差の一部には実験手順への誤解が関係している可能性があると問題提起しました。
ただし、Fehr、Hakimov、Küblerが2015年に同様の手続きを再検証した研究では、十分な練習を行ってもマグカップの受取意思額と支払意思額の差が残りました。つまり、「手続き上の誤解だけが保有効果の原因」とも言い切れません。
売却や入れ替えで「所有」と「これからの価値」を分ける方法
以下は、保有効果の研究を設備の入れ替え判断へ置き換えた説明用の実務例です。この手順そのものが、企業の設備更新を対象とした研究で効果を確認されたわけではありません。
場面:会社が現在所有している業務用機器Aをそのまま使うか、中古市場で売却して新しい機器Bへ入れ替えるかを検討するとします。
- 比較する選択肢と期間を先に固定する
「機器Aを今後3年間使う」「機器Aを現在売却して機器Bを導入し、今後3年間使う」の2案を比較すると決めます。所有している機器Aだけを単独で評価せず、同じ期間の選択肢として並べます。 - 現在の売却価値を外部情報で確認する
中古市場の査定、買取見積もり、同型機の取引価格など、現在確認できる情報から機器Aの売却価値を調べます。「自社ではこれくらい価値があるはず」という感覚だけで売却価格を決めません。ただし、売却相場と社内での利用価値は同じではありません。市場で安くしか売れなくても、自社で高い便益を生むなら保有を続ける合理性があります。 - 両案について、これから発生する費用と便益を同じ項目で集める
機器Aについては今後3年間の保守費、消耗品費、故障による停止時間、処理能力などを確認します。機器Bについては購入費、導入費、保守費、停止時間の見込み、処理能力を同じ期間で確認します。売却する場合は機器Aの売却収入も入れます。 - 「持っていなかったら今この条件で選ぶか」を確認する
実務上の点検として、「もし現在機器Aを所有しておらず、中古市場でこの価格・性能・維持費の機器Aを買えるとしたら、機器BではなくAを選ぶか」と考えます。これは保有効果の研究で直接検証された設備評価法ではなく、所有状態と将来の選択を分けて考えるための確認質問です。 - 同じ基準で比較し、残す・売る・追加調査を決める
3年間の費用、業務上必要な性能、停止リスクなど、手順3でそろえた項目で比較します。Aの方が条件に合えば保有を続け、Bの方が条件に合えば売却・入れ替えを検討します。故障率など重要な情報が不足していれば、結論を出す前に追加の見積もりや保守記録を確認します。
この進め方の目的は、「所有物は売るべき」と考えることではありません。所有しているという事実による評価と、これから使い続ける価値を分けて比較し、保有を続ける場合にも説明できる根拠を持つことです。
参考文献・出典
- Kahneman, D., Knetsch, J. L., & Thaler, R. H.(1990)「Experimental Tests of the Endowment Effect and the Coase Theorem」Journal of Political Economy, 98(6), 1325–1348。マグカップ市場などで、所有と評価・取引行動の関係を調べた実験。
- Morewedge, C. K., & Giblin, C. E.(2015)「Explanations of the Endowment Effect: An Integrative Review」Trends in Cognitive Sciences, 19(6), 339–348。保有効果の定義と、損失回避以外を含む複数の説明を整理したレビュー。
- Plott, C. R., & Zeiler, K.(2005)「The Willingness to Pay–Willingness to Accept Gap, the “Endowment Effect,” Subject Misconceptions, and Experimental Procedures for Eliciting Valuations」American Economic Review, 95(3), 530–545。実験手順への誤解を抑える条件で、受取意思額と支払意思額の差を再検討した研究。
- Fehr, D., Hakimov, R., & Kübler, D.(2015)「The Willingness to Pay–Willingness to Accept Gap: A Failed Replication of Plott and Zeiler」European Economic Review, 78, 120–128。PlottとZeilerの手続きを再検証し、マグカップの評価差が残ったことを報告した研究。