暗黙の知能観理論とは?能力は変わると考えることが学習に与える影響

心理学の法則・効果
なるほど心理学編集部

難しい問題を間違えたとき、「自分にはこの教科の才能がない」と感じる人もいれば、「まだ解き方を理解できていない」と考える人もいます。同じ失敗なのに、その後の勉強への向き合い方が変わるのはなぜでしょうか。

暗黙の知能観理論は、知能や学ぶ力は変えられるものか、それともあまり変わらないものかという考え方が、失敗の受け止め方や学習への取り組みに関わると説明する理論です。ただし、「能力は伸びる」と考えるだけで成績が必ず上がるわけではなく、研究では効果が見られた条件と、はっきりしなかった条件があります。

暗黙の知能観理論とは?能力をどう捉えるかという考え方

心理学者のドゥエックとレゲットは、1988年に、知能などの能力をどう捉えるかが、人の目標や失敗への反応に関わるという考え方を整理しました。ここでいう「暗黙」とは、本人が普段はっきりと言葉にしていなくても、判断の前提になっていることを指します。「知能観」は、ものを理解したり学んだりする力を、自分がどのようなものだと考えているかという見方です(Dweck・Leggett, 1988)。

理論では、次の二つの見方を区別します。

  • 能力はほぼ決まっているという見方:知能は比較的固定されたものなので、課題の結果を「自分に能力があるかどうか」の証拠として受け止めやすいと考えます。
  • 能力は発達し得るという見方:知能や学ぶ力は、学習や経験を通じて伸ばせる部分があるため、今できないことも学び方によって変えられると考えます。

後者は「成長マインドセット」とも呼ばれます。二つの見方は、人を生涯変わらない二種類の性格に分けるものではありません。何を能力について信じているかを説明するものであり、その人の実際の知能の高さを測るものでもありません。

なぜ能力の見方が学習への取り組みに関わるのか

たとえば、初めて挑戦した数学の問題を解けなかったとします。「解けないのは数学の能力がないからだ」と考えると、失敗が自分の能力全体を否定する出来事に感じられることがあります。難しい問題への挑戦を避けたり、ほかの人から低く評価されることを気にしたりするかもしれません。

一方、「今の勉強方法では、この問題を理解できていない」と考えるなら、失敗は学び直す場所を教えてくれる手がかりになります。解説を読み直す、別の解き方を試す、先生に質問するなど、次の行動を選びやすくなると理論では考えます(Dweck・Leggett, 1988)。

この違いの中心にあるのは、失敗を「能力がない証拠」と見るか、「学び方を見直すきっかけ」と見るかという意味づけです。ただし、誰もがこの二つのどちらかに必ず反応するという話ではありません。実際の行動には、問題の難しさ、学ぶ環境、教えてもらえる機会なども関わります。

研究で分かっていること

1999年:うまくいかなかった後の原因の考え方と行動

ホンら(1999)は、知能は変えられると考える人と、固定されていると考える人が、思わしくない結果をどう受け止め、その後どう行動するかを三つの研究で調べました。最初の研究では、悪い結果を伝えられたとき、能力は変えられると考える人の方が、原因を努力に結び付けやすい傾向が見られました。

残る二つの研究では、成績が思わしくないときに、学び直しにつながる行動を選ぶ傾向が調べられました。能力は変えられると考える人の方が、そうした行動を選びやすい結果でした。三つ目の研究では、実験で一方の知能観を持つように促した場合にも、努力を原因として考えることが、その後の行動に関係しました(Hongほか, 1999)。

これは、知能の見方と失敗後の行動に関係があることを示す研究です。研究で調べたのは、失敗の受け止め方や学び直しの選択であって、知能そのものがどれだけ向上したかではありません。

2019年:米国の高校生への短い授業と、その後の成績

イェーガーら(2019)は、米国の高校生を対象に、知的な能力は学習を通じて発達し得ると伝える、合計1時間未満のオンライン授業を実施しました。生徒を無作為に、その授業を受けるグループと比較用の授業を受けるグループに分け、後の学校の成績などを調べています。

事前の成績などを基準に、同じ学校の中で比較的成績が低いと分類された65校の6,320人では、授業を受けたグループの方が比較用の授業を受けたグループよりも、9年生の終わりの主要科目の成績が、4点満点の尺度で約0.10点高いと統計的に推定されました(Yeagerほか, 2019)。

効果の大きさは学校によって異なり、学校全体の成績水準が高いほど、対象の生徒の成績への効果は小さくなる傾向がありました。一方、難しい課題に挑戦する生徒が比較的多い学校では、効果が大きく見られました。ただし、学校の成績水準や生徒の間にある挑戦への姿勢を無作為に変えた実験ではないため、こうした学校の違いが効果の差を生んだ原因だとは断定できません。この研究は、特定の生徒と環境で短い授業の効果が見られたことを示しています。

2018年・2023年:多くの研究をまとめると効果は限定的

シスクら(2018)は、知能の見方と学業成績の関係を調べた多数の研究と、知能の見方を変える授業などの効果を調べた研究をそれぞれまとめました。分析の結果、知能の見方と学業成績の関係も、授業などによる成績への効果も、全体として小さいものでした。ただし、経済的に不利な家庭の生徒や学業面で困難を抱える生徒には、効果がある可能性も示されました(Siskほか, 2018)。

さらにマクナマラとバーゴイン(2023)は、知能観を変える働きかけと学業成績について、63研究、計97,672人を対象とする結果を検討しました。全体では成績への効果はごく小さく、研究の発表されやすさによる偏りを考慮すると、明確な効果は確認されませんでした。また、研究方法の質が高いと評価された6研究に限った分析でも、成績への明確な効果は見られませんでした。検討した条件の中に、成績への効果が明確に大きくなる条件も見つかりませんでした(Macnamara・Burgoyne, 2023)。

このように、特定の学校や生徒を対象に成果が出た実験と、多くの研究を合わせた分析では、結論の範囲が異なります。「能力は伸ばせる」と伝えるだけで、誰の成績も必ず上がるとは言えません。

身近な場面で考える:英会話で言葉が出てこなかったとき

たとえば、英会話教室で質問された人が、知っているはずの単語を思い出せず、答えられなかったとします。その人が「自分には語学の才能がない」と考えると、次の授業で発言することをためらうかもしれません。

一方、「単語を知っていても、会話の中ですぐ使う練習が足りないのかもしれない」と考えれば、短い会話を繰り返す練習をしたり、先生に練習方法を相談したりする選択が見えてきます。この例は研究で観察された実話ではなく、知能の見方によって同じ失敗の意味づけが変わることを説明する仮の場面です。

もちろん、学ぶ力を変えられると考えたとしても、練習する時間や教えてもらえる機会がなければ上達は難しいことがあります。暗黙の知能観理論は、努力さえすれば誰でも同じ結果に達すると約束するものではありません。今の失敗を、これから何を学び直すか考える手がかりとして捉えられるかに注目する理論です。

参考文献・出典