オミッション・バイアスとは?「何もしなかった失敗」を軽く見やすい心理

心理学の法則・効果
なるほど心理学編集部

道を変えた後で約束の時間に遅れた人には「余計なことをした」と感じる一方、いつもの道を変えずに進んで同じように遅れた人には「仕方がない」と感じることがあります。結果は似ているのに、行動したかどうかで評価が変わるのはなぜでしょうか。

同じ程度の悪い結果が起きたとき、何かをしたことで生じた害を、何もしなかったことで生じた害より厳しく評価しやすい傾向を「オミッション・バイアス(不作為バイアス)」と呼びます。研究では、とくに人の行動の道徳性や責任をどう評価するかという場面で、この傾向が調べられています。

オミッション・バイアスとは?行動と不作為の評価の違い

「不作為」とは、行動する選択肢があるのに、その行動を取らないことです。たとえば、今のやり方を変えることもできたのに、変えずに続ける場合が当てはまります。

研究で分かっていること

意図や結果をそろえても、行動による害の方が厳しく評価された

Sprancaら(1991)は、ある人物が行動した場合と、行動しなかった場合を比べる仮想的な場面を参加者に示しました。比較する場面では、人物の意図や動機、起きる結果などをそろえ、道徳的にどう思うか、どちらがよい判断かを尋ねました。

その結果、害を生んだ不作為は、同様の害を生んだ行動より不道徳さや判断の悪さが小さいと評価されることがありました。また、参加者が「何もしなかった人は結果を引き起こしたわけではない」と考えることと、この評価の違いは関連していました(Sprancaら, 1991)。

原因の見方や個人差も関わる

BaronとRitov(2004)は、先行研究を検討するとともに、新たな研究でも不作為を比較的軽く評価する傾向を調べました。結果からは、単純に「動いたか、動かなかったか」だけでなく、その人が直接害を起こしたと見えるか、間接的に害が起きるのを許したと見えるかという違いが重要だと示唆されました。

また、人によって評価は異なり、逆に行動した方を好む人もいました。「普通なら何をする場面なのか」という見方も評価に関わりますが、それだけで不作為を軽く評価する傾向を説明しきれるわけではありません(Baron & Ritov, 2004)。

再現研究と複数研究の分析でも、評価の違いが確認された

Jamisonら(2020)は、313人が参加した事前に調査方法を決めた実験で、1991年の研究を再検討しました。参加者には、行動して害が生じた場面か、何もしないことで害が生じた場面を示し、それぞれの人物を評価してもらいました。行動した人物の方が、不道徳で責任が大きいと評価されました。また、結果を直接引き起こしたと見なされやすく、意図的だったとも評価されました(Jamisonら, 2020)。

さらにYeungら(2022)は、13論文に含まれる21の参加者集団から、行動と不作為を比べた49件の結果をまとめました。全体として不作為を比較的軽く評価する傾向が見られ、行動するかどうかを選ぶ課題よりも、道徳性や責任を評価する課題で差が大きく見られました。

一方、研究ごとの結果にはばらつきがあり、肯定的な結果が論文になりやすい影響についても、分析方法によって判断が分かれました。そのため、あらゆる場面で同じ程度の差が生じるとはいえません(Yeungら, 2022)。

身近な場面で考える:出かける道を変えたとき

たとえば、家族で出かける際の運転役について、次の二つの場面を考えます。道を変えるかどうかを判断した時点では、二つの経路に予想される所要時間や渋滞の可能性に大きな違いはなく、結果として到着が30分遅れたとします。

  • Aさんの場合: 途中で別の道へ変更しましたが、その道で渋滞が起き、30分遅れました。
  • Bさんの場合: 最初に決めた道を変更しませんでしたが、その道で渋滞が起き、30分遅れました。

同行者がAさんには「道を変えなければよかったのに」と強く非難する一方、Bさんには「渋滞だから仕方ない」と受け止めるなら、結果が同じでも、途中で行動したこと自体が評価に影響している可能性があります。

ただし、Aさんだけが渋滞情報を知っていた、Bさんには危険を避けるために道を変える必要があった、といった違いがあれば評価が異なる理由になります。行動と不作為を比べるときは、判断した時点で何を知っていたか、ほかにどんな選択ができたか、対応する責任があったかも確かめることが大切です。

オミッション・バイアスを知ると、「何かした人の失敗だから重い」「何もしなかった人の失敗だから軽い」と、結果以外の条件を確認せずに決めていないかを考えるきっかけになります。

参考文献・出典