自己不一致理論とは?現実・理想・あるべき自分のずれと感情の関係
資格の勉強が思うように進まないとき、「もっと成長した自分になりたかったのに」とがっかりすることもあれば、「やると決めたのにできていない」と落ち着かなくなることもあります。同じ出来事でも、思い浮かべる「こうありたい自分」によって気持ちは変わるのでしょうか。
自己不一致理論は、自分が今どのような人間だと思っているかと、「こうなりたい」「こうあるべきだ」と考える姿とのずれが、感情とどのように関わるかを説明する理論です。特に、理想に届かないと感じることは落胆に、果たすべきことができていないと感じることは不安や緊張に関わると考えます。
自己不一致理論とは?
心理学者のヒギンズが1987年に整理した自己不一致理論は、人が自分をどのように捉えているかを、主に三つの姿から考えます(Higgins、1987)。
- 現実の自分:今の自分にはどんな特徴や力があると、本人が考えているか。「今は長い英文を読むのが苦手だ」という見方などです。
- 理想の自分:こうなれたらうれしい、こう成長したいと思う姿。「外国の本を原文で楽しめるようになりたい」といった願いや希望です。
- あるべき自分:責任や約束、義務に照らして、こうするべきだと感じる姿。「引き受けた仕事は期日までに終わらせるべきだ」という考えなどです。
ここでいう現実の自分は、外から測った客観的な能力ではなく、本人が思い描いている現在の自分です。また、理想や「あるべき姿」は、自分が望む場合だけでなく、親などの大切な相手が自分に期待していると、本人が考えている場合もあります。相手が実際にそう望んでいるかどうかとは区別します(Higgins、1987)。
理想とのずれと、あるべき姿とのずれは何が違うのか
自己不一致理論では、現実の自分と理想の自分が離れていると、「得られたはずのよい結果が得られていない」という思いにつながり、失望、残念な気持ち、悲しさなどが生じやすいと説明します。
一方、現実の自分とあるべき自分のずれは、「果たすべき責任を果たせていない」「よくない結果が起こるかもしれない」という思いに関わり、不安、緊張、後ろめたさなどにつながると考えます(Higgins、1987)。
たとえば、発表がうまくできなかった人が、「堂々と話せる人になりたいのに、まだ遠い」と考えれば、理想とのずれが目立ちます。同じ人が「準備を十分にするべきだったのに、約束した練習をしなかった」と考えれば、あるべき姿とのずれが目立ちます。この二つは同時に存在することもあります。
理論では、ずれの大きさだけでなく、どのずれがそのとき心に浮かびやすいかも、感じる気持ちに関わるとしています。ずれがあれば必ず特定の感情になるという予測ではありません。
研究で分かっていること
どの「自分の姿」を考えるかによって気分が変わった
Higginsら(1986)は、大学生を対象とした二つの実験で、現実の自分・理想の自分・あるべき自分について、それぞれの特徴を挙げてもらい、姿のずれと気分の関係を調べました。
一つ目の実験では、参加者にうれしい出来事か嫌な出来事を想像してもらいました。現実と理想のずれが特に大きい人は、嫌な出来事を想像したときに落ち込んだ気分を強く示しました。現実とあるべき姿のずれが大きい人では、不安や緊張の方向の変化が示唆されましたが、この実験だけでははっきりした結果とは言えませんでした。
二つ目の実験では、自分や親が望む理想について話す条件と、責任や義務について話す条件を比べました。二種類のずれが大きい人では、理想について話したときに落ち込んだ気分が、義務について話したときには落ち着かない気分が強まりました。ずれの内容を意識することと、そのときの気分が関係するという理論を支える結果です(Higginsら、1986)。
大学生450人の調査でも、ずれの種類によって感情との関係が異なった
Barnettら(2017)は、大学生450人に、自分が考える現実と理想・義務とのずれ、そして複数の感情について質問しました。本人自身が思う理想と現実とのずれが大きいほど、悲しさを感じる傾向が見られました。また、大切な相手が求める義務だと本人が考える姿と現実とのずれは、罪悪感と関係していました(Barnettら、2017)。
ただし、これは質問への回答から調べた関係であり、ずれが感情を引き起こしたと証明した実験ではありません。調べたすべての感情が、理論の予測どおりに分かれたわけでもありません。
多くの研究をまとめると、感情との対応はそこまで明確ではなかった
Masonら(2019)は、自己不一致と心の不調との関係を扱った70件の研究をまとめました。全体として、自分についてのずれが大きいほど、気分の落ち込みや不安などの問題が多いという、弱いものから中程度の関連が見られました。
一方、理想とのずれが落ち込みだけに、あるべき姿とのずれが不安だけに結び付くという、症状ごとのはっきりした対応は支持されませんでした。理想とのずれのほうが、落ち込みと不安の両方に強く関連していました(Masonら、2019)。
この分析で中心となったのは、研究で測定された心の不調や症状との関連です。日常の一度の落胆や不安を、その人のどのずれが原因かと判定できるものではありません。
身近な場面で考える
たとえば、週末に料理を練習している人が、思ったように仕上げられなかったとします。その人が「いつか家族においしい料理を作ってあげられるようになりたい」と考えているなら、理想の自分にまだ届かない残念さを感じるかもしれません。
一方、「今日は夕食を担当すると約束したのだから、きちんと準備するべきだった」と考えていれば、責任を果たせなかったことへの後ろめたさが強くなるかもしれません。これは理論を理解するための仮の例です。同じ出来事でも、何を大切な基準として思い浮かべるかによって、気持ちの捉え方が変わることを示しています。
自己不一致理論は、悲しさや不安を感じたとき、その気持ちと結び付く「理想」や「果たしたい責任」を考える手がかりになります。ただし、感情にはさまざまな要因が関わります。自分や他人の気持ちを、ずれの種類だけで決め付けないことが大切です。
参考文献・出典
- Higgins, E. T.(1987). Self-discrepancy: A theory relating self and affect. Psychological Review, 94(3), 319–340. 現実・理想・あるべき自分の意味、自分と他人の期待の区別、ずれと感情との関係を説明する理論の原典です。
- Higgins, E. T., Bond, R. N., Klein, R., & Strauman, T.(1986). Self-discrepancies and emotional vulnerability: How magnitude, accessibility, and type of discrepancy influence affect. Journal of Personality and Social Psychology, 51(1), 5–15. どの自己像を意識するかによって気分が変わることを調べた二つの実験の根拠です。
- Barnett, M. D., Moore, J. M., & Harp, A. R.(2017). Who we are and how we feel: Self-discrepancy theory and specific affective states. Personality and Individual Differences, 111, 232–237. 大学生450人の自己像のずれと感情に関する調査の根拠です。
- Mason, T. B., Smith, K. E., Engwall, A., et al.(2019). Self-discrepancy theory as a transdiagnostic framework: A meta-analysis of self-discrepancy and psychopathology. Psychological Bulletin, 145(4), 372–389. 70件の研究をまとめて、自己不一致と心の不調との関連や、予測された感情との対応の限界を検討した根拠です。