復帰抑制とは?一度注意を向けた場所への反応が遅くなる現象
画面の左側が一瞬光った後、そこに小さな点が現れたら、すぐに気づきそうです。実際、光った直後は反応が速くなる場合があります。しかし、少し時間がたつと、今度は光らなかった側に点が現れる場合より反応が遅くなることがあります。復帰抑制とは、このようにいったん注意が向いた場所に、後から現れたものへの反応が遅くなる現象です。
復帰抑制とは?注意を向けた場所への反応が変わる現象
復帰抑制は、視覚的な注意について研究されてきた現象です。目を中央に向けたまま、左右のどちらかで光った場所に注意を向け、その後、どこかに現れる目標を見つける課題などで調べられています。
ここで比較するのは、先に光った場所に目標が現れた場合と、光らなかった場所に現れた場合の反応時間です。光ってから目標が現れるまでの間隔が短いと、光った場所への反応が速くなることがあります。ところが間隔を少し長くすると、同じ場所への反応の方が遅くなる場合があります(Klein, 2000)。
「復帰」は、先ほど注意が向いた場所へ再び注意を向けることを指します。「抑制」は、その場所への反応が相対的に遅れることを表しています。光った場所が見えなくなるわけでも、その場所に必ず気づけなくなるわけでもありません。また、反応が遅いという結果だけで、頭の中で注意を戻す働きそのものが妨げられたと確定するわけではありません。
最初は速く、少し後には遅くなる:光を使った実験
この現象の発見につながったのは、ポズナーとコーエンによる1984年の研究です。その実験では、参加者の前の画面に中央・左・右の三つの四角を表示しました。左右どちらかの四角が短く明るくなった後、いずれかの四角の中に小さな点が現れます。参加者には、点に気づいたらできるだけ速くボタンを押してもらいました。
先に四角が光ってから点が現れるまでが短い場合、左右の点については、光った側での反応の方が速くなりました。一方、間隔が約0.3秒を超えた条件では、光った側への反応の方が遅くなりました。この実験の手順と結果は、後の研究論文でも詳しく整理されています(Hu et al., 2013)。
光は点がどこに現れるかを確実に知らせるものではありません。それでも、光が現れた場所への反応は時間とともに変わりました。これは、注意を引く出来事が、その後の反応にも影響することを示しています。ただし、約0.3秒という区切りはこの実験での目安であり、どのような課題でも同じ時点で切り替わるわけではありません。
ポズナーらが1985年に発表した研究では、目を動かす働きに関わる脳の損傷がある人と、損傷のない人などを調べ、復帰抑制と目の動きを生み出す仕組みとの関係を報告しました(Posner et al., 1985)。目を向ける働きも、復帰抑制を理解するうえで重要な手がかりになります。
復帰抑制は探し物を見つける助けになるのか
たとえば、机の上で鍵を探すとき、すでに調べた場所に何度も戻るより、まだ見ていない場所に目を向けられれば、探す範囲を広げられます。復帰抑制には、こうした調べ終えた場所に戻るのを減らし、新しい場所へ注意を向けやすくする役割があるのではないかと考えられてきました。
クラインは1988年、複数の対象から目標を探す実験を行い、直前に調べた場所に現れた小さな光への反応の遅れを報告しました。研究者は、この働きが順番に対象を調べる探索に役立つ可能性を示しました(Klein, 1988)。
一方、ウルフとポコルニーは1990年、同様の考え方を検証しましたが、先に報告された探索中の特有の反応の遅れは再現できませんでした。反応の遅れは、順番に探す課題でも同時に見分ける課題でも、物が置かれた場所に広く見られました。研究者たちは、直前の刺激が後の刺激の見え方に影響する可能性を指摘しています(Wolfe & Pokorny, 1990)。
その後、武田と八木は2000年、探索で使う対象を画面に残したまま小さな点への反応を測る条件と、対象を消してから測る条件を調べました。対象を点への反応が終わるまで残した条件では、すでに調べた対象の位置に現れた点への反応が遅くなることが確認されました。一方、対象を消した条件では、同じ遅れは確認されませんでした(Takeda・Yagi、2000)。
この研究は、調べた対象が画面に残っているかどうかが結果に関係することを示しています。したがって、1988年の支持と1990年の再現失敗だけで探索中の復帰抑制を結論づけることはできません。ただし、こうした実験で見られる反応の遅れが、日常の探し物をどの程度効率化するかは、別に確かめる必要があります。
反応が遅くなる理由は一つに決まっているのか
当初は、一度注意を向けた場所に再び注意を戻しにくくなることが、反応の遅れを生むと考えられていました。しかし、その後は、目を動かす準備や反応の出し方が遅くなることも関係するのではないかと研究されています。
2026年にファン・モールセラールらが発表した研究では、24人の参加者に、次の目標の位置を予告しない光を見せる課題を行ってもらいました。以前光った場所へ目を動かす反応は遅くなりましたが、目標が現れる前の脳の活動を調べても、先に光った場所の情報が基準より強く抑えられ続けていることを示す結果は得られませんでした(van Moorselaar et al., 2026)。
この研究は、復帰抑制を必ずしも「同じ場所へ注意を戻す働きだけが弱まった状態」とは説明できないことを示唆しています。目を動かす反応の遅れが、どの段階で生まれるかについては、引き続き検討されています。
身近な場面で考える
たとえば、パソコンの画面で左右に並ぶ印のうち、どちらが変わったかを確かめる場面を考えてみましょう。左側が一瞬目立った後、少し時間を置いて左側に新しい印が出ると、右側に印が出た場合より反応が遅くなる可能性があります。これは実験の仕組みを身近な画面に置き換えた仮の例です。
実際の画面では、印が何を意味するか、どこを見るよう指示されているか、光ってからどれほど時間がたったかによって反応は変わります。復帰抑制を知ることは、「一度目立った場所なら、次も必ず素早く見つけられる」とは限らない理由を考える手がかりになります。
参考文献・出典
- Posner, M. I., Rafal, R. D., Choate, L. S., & Vaughan, J. (1985). Inhibition of return: Neural basis and function. Cognitive Neuropsychology, 2(3), 211–228. ― 復帰抑制と目の動きを生み出す仕組みとの関係。
- Klein, R. M. (2000). Inhibition of return. Trends in Cognitive Sciences, 4(4), 138–147. ― 現象の意味、時間による反応の変化、働きに関する研究の整理。
- Hu, F. K., Fan, Z., Samuel, A. G., & He, S. (2013). Effects of display complexity on location and feature inhibition. Attention, Perception, & Psychophysics, 75(8), 1619–1632. ― 1984年の光による実験の手順と、反応時間が変わる条件の紹介。
- Klein, R. (1988). Inhibitory tagging system facilitates visual search. Nature, 334, 430–431. ― 視覚的な探索で、調べた場所への反応が遅くなる可能性を示した研究。
- Wolfe, J. M., & Pokorny, C. W. (1990). Inhibitory tagging in visual search: A failure to replicate. Perception & Psychophysics, 48(4), 357–362. ― 1988年の探索研究で報告された結果の再検証。
- Takeda, Y., & Yagi, A. (2000). Inhibitory tagging in visual search can be found if search stimuli remain visible. Perception & Psychophysics, 62(5), 927–934. ― 探索対象を画面に残すかどうかによって、すでに調べた位置への反応の遅れが確認できるかを比較した研究。
- van Moorselaar, D., Voet, V., & van der Stigchel, S. (2026). Inhibition of Return without Preparatory Suppression in Spatial Priority Maps. Journal of Neuroscience, 46(21), e2257252026. ― 目の動きの遅れと、目標が現れる前の脳の活動を調べた研究。