非対称的洞察の錯覚とは?相手が自分を理解する以上に、相手を理解していると思う心理
親しい友人について「何を考えているか、だいたい分かる」と感じる一方で、「友人は私の気持ちをあまり理解していない」と思うことがあります。互いに親しいはずなのに、理解の深さが一方通行だと感じるのはなぜでしょうか。
非対称的洞察の錯覚とは、自分が相手を理解している程度は、相手が自分を理解している程度より高いと見積もりやすい心理的な傾向です。人についての理解力そのものではなく、互いにどれほど理解していると考えるかの違いを扱います。
非対称的洞察の錯覚とは?理解の深さを一方通行に見積もる
この現象では、同じ二人の関係について、次の二つを比べます。
- 自分から相手への理解:私は友人の性格や考え方をどれほど理解していると思うか。
- 相手から自分への理解:友人は私の性格や考え方をどれほど理解していると思うか。
たとえば、友人が無口になった理由を「疲れているからだろう」と推測できると、自分は相手をよく理解していると感じられます。しかし、自分が無口になったときには、疲れだけでなく、家族の用事や考え事など、外からは分からない事情があると知っています。そこで「自分のことは、友人にはそこまで分からない」と考えることがあります。
プロニンら(2001)は、こうした互いの理解度の見積もりの違いを、非対称的洞察の錯覚として検討しました。また、自分自身についてはよく理解していると考える一方、相手の自己理解はそれほど深くないと評価する傾向も調べています(Proninほか, 2001)。
ここで「錯覚」と呼ぶのは、自分の理解の方が優れていると感じる判断に偏りがある可能性を指します。具体的な二人のうち、実際にどちらが相手をよく理解しているかを、この言葉だけで決めることはできません。
研究で分かっていること
2001年:親しい友人は「自分の方が理解している」と評価された
プロニンらの最初の実験では、米国の二つの大学の学生125人に、親しい友人を一人思い浮かべてもらいました。そして、自分が友人をどれほど知っているか、友人が自分をどれほど知っているかを質問しました。
質問にはどちらも11段階で回答し、数字が大きいほど相手をよく知っている、または理解していると感じていることを表しました。「どれほど知っているか」の平均は、自分が友人を知っている程度が8.89点、友人が自分を知っている程度が8.64点でした。また、「どれほど理解しているか」では、それぞれ8.23点と7.95点でした。どちらの質問でも、自分から友人への理解度を高く評価する傾向が見られました。
ただし、平均値の差は小さいものでした。また、この実験では参加者が友人について回答したのであって、友人本人の答えや、実際の理解の正確さを直接測ったものではありません(Proninほか, 2001)。
2001年:学生寮の同室者45組でも、互いの理解度に差を感じた
同じ論文の別の実験では、大学の学生寮で暮らす同性の同室者45組、合わせて90人に、それぞれ別々に回答してもらいました。自分と同室者の性格、行動、気持ちについて、誰が誰をどれほど理解していると思うかを尋ねました。
さまざまな特徴に関する12の質問を9段階で評価した結果、自分が同室者を理解している程度は平均5.74点、同室者が自分を理解している程度は平均5.50点でした。小さな差ですが、この実験でも同じ方向の傾向が確認されました。
さらに、参加者は、自分が自分自身を理解している程度を平均7.39点、同室者が同室者自身を理解している程度を平均6.70点と評価しました。後者は、相手本人の自己評価ではなく、参加者が推測した「相手の自己理解」です。自分と相手に対して、自己理解の深さも異なるように見積もっていました(Proninほか, 2001)。
2001年:人同士だけでなく、集団同士にも見られた
六番目の研究では、大学生80人に、政治的な立場の異なる人々、社会問題について賛成・反対の立場を取る人々、女性と男性などの集団が、互いをどれほど理解していると思うかを尋ねました。
それぞれの組み合わせについて、参加者は自分が属する側の人々の方が、相手の集団をよく理解していると見積もる傾向を示しました。つまり、「私たちは相手の立場を分かっているが、相手は私たちを分かっていない」という感じ方にも、似た偏りが報告されたのです。
この結果も、集団が実際に相手をどれほど正確に理解していたかではなく、学生の回答から調べたものです(Proninほか, 2001)。
なぜ自分のことの方が理解されにくいと感じるのか
他人を理解するとき、私たちが直接見聞きできるのは、その人の言葉や行動です。一方、自分について考えるときは、表に出さなかった気持ちや迷い、行動の理由まで思い浮かべられます。
2001年の最初の研究では、参加者に、氷山の水面上に見える部分と水中に隠れた部分を使って、自分と友人の内面がどれほど表に見えているかを表してもらいました。その結果、自分の本当の姿の方が、友人の姿よりも外から見えにくいと感じる傾向がありました(Proninほか, 2001)。
自分には心の中の事情が豊かに感じられるのに、相手については目に見える行動から理解できたと思いやすい。その情報の持ち方の違いが、互いの理解度の評価に関係すると考えられます。プロニン(2008)も、自分の判断では内面の感覚や考えを重視し、他人については外から観察できる情報を使いやすいという違いを、研究のまとめで論じています(Pronin, 2008)。
後の研究では、同じ傾向が確かめられたのか
パクら(2006)は、韓国の参加者を対象に三つの研究を行いました。一つ目の研究では、自分の方が相手をよく理解していると見積もる傾向が報告されました。二つ目の研究では、親しい友人30組の双方に「自分が相手をどれほど知っているか」「相手が自分をどれほど知っているか」を尋ねました。どちらの人も自分の方が相手をよく知っていると答える傾向が見られたため、片方だけが相手をよく理解しているという説明では済まない判断の偏りが示されました。
三つ目の研究では、人の行動が状況によってどれほど変わると考えるかが、この偏りに一部関わると報告されています。つまり、相手にも場面によって違う面があることをどれほど想像できるかが、理解度の見積もりに関係する可能性があります(Parkほか, 2006)。
さらに、チョら(2010)は、米国の学生306人と韓国の学生197人、合わせて503人を対象に調べました。親友との関係でも親との関係でも、自分が相手を理解する程度の方を、相手が自分を理解する程度より高く見積もる傾向が報告されました。
ただし、偏りの強さは同じではありませんでした。「理解している程度」と「自分の本当の姿が相手に見えている程度」については、米国の学生より韓国の学生で差が大きくなりました(Choほか, 2010)。
これらの研究は、最初の米国の学生だけで見られた現象ではないことを示しています。一方、すべての人や関係で同じ強さの偏りが生じるとまでは分かっていません。個人や文化の違い、関係の親しさなどを含めて考える必要があります。
身近な場面で考える
たとえば、友人AとBが週末に集まる約束をしていて、Bの返事が遅くなったとします。Aは「Bは予定を決めるのに時間がかかる性格だから、返事が遅い理由は分かる」と考えました。
一方、A自身の返事が遅くなったときには、家族の用事や仕事の連絡が重なっていたことを知っています。そこで「Bには、私がどれほど忙しかったか分からないだろう」と感じました。このように、Aが自分はBのことを理解できると考える一方、BはAの事情をよく理解していないと見積もるなら、非対称的洞察の錯覚に似た判断が表れています。
これは研究参加者の実話ではなく、仕組みを考えるための仮の例です。実際にはBの返事にもAが知らない事情があるかもしれませんし、BがAの状況をよく理解している可能性もあります。
相手の行動を見て理由が分かったと感じたときは、自分が実際に聞いたことと、そこから推測したことを分けて考えると、思い込みに気づきやすくなります。大切なことは相手に尋ね、自分の事情も必要な範囲で言葉にするという工夫が考えられます。こうすれば必ず理解し合えると実験で確かめられた方法ではありません。
非対称的洞察の錯覚は、相手を分かっているという自信と、自分を分かってもらえていないという感覚が、同じ人の中で並び立つことを教えてくれます。
参考文献・出典
- Pronin, E., Kruger, J., Savitsky, K., & Ross, L. (2001). You Don’t Know Me, But I Know You: The Illusion of Asymmetric Insight. Journal of Personality and Social Psychology, 81(4), 639–656. 大学生125人が親しい友人について答えた研究、同室者45組の研究、集団間の理解度の評価など、六つの研究の根拠。
- Park, J., Choi, I., & Cho, G. (2006). The Actor-Observer Bias in Beliefs of Interpersonal Insights. Journal of Cross-Cultural Psychology, 37(6), 630–642. 韓国の参加者で見られた傾向と、状況による行動の変化の捉え方についての三つの研究。本文の説明は公開要旨の範囲に基づく。
- Pronin, E. (2008). How We See Ourselves and How We See Others. Science, 320(5880), 1177–1180. 自分と他人を見る際に、内面の情報と外から見える行動に異なる重みを置くことについての研究のまとめ。
- Cho, Y., Otani, H., Han, K., & Van Horn, K. R. (2010). Cultural Differences in Asymmetric Beliefs of Interpersonal Knowledge in Vertical and Horizontal Relationships. The Journal of General Psychology, 137(4), 343–361. 米国と韓国の学生に、親友・親との相互理解を尋ねた比較研究。本文の説明は公開要旨の範囲に基づく。