潜在制止とは?見慣れた刺激との新しい結び付きが学習されにくくなる現象
何度も聞いているのに、これまで何も起こらなかった音が、ある日から大切な出来事を知らせる合図になったとします。初めて聞く音を合図として覚える場合と比べて、学び方に違いは生じるのでしょうか。
潜在制止とは、ある音や光などを、特別な出来事が起こらない状態で繰り返し経験しておくと、後からその音や光と新しい出来事との関係を学んだ際、合図に対する反応が現れにくくなる現象です。動物の実験で確認されており、人を対象とする研究でも似た結果が報告されています。ただし、人の研究では、何が反応の遅れを生んだのかについて議論があります。
潜在制止とは?先に経験した「何も起こらない」が後の学習に関わる
心理学でいう「刺激」は、音や光、味など、見聞きしたり感じたりするものを指します。潜在制止は、その刺激が後から別の出来事を知らせる合図になったときに、以前の経験がどう影響するかを扱います。「制止」といっても、学習が完全に止まるという意味ではありません。合図を先に経験していない場合と比べて、その合図に対する学習の結果が行動に現れるまでに時間がかかることが中心です。
研究でよく使われる比べ方は、次の三段階です。
- 事前の経験:一方のグループだけに、音などの合図を、重要な結果が起きない状態で繰り返し示します。もう一方のグループには、その合図をまだ示しません。
- 新しい学習:両方のグループに同じ合図を示し、その後に食べ物などの結果が起こる経験をさせます。
- 反応を比較:合図を聞いたときの行動が、どのくらい早く、強く現れるかを比べます。事前に合図だけを経験したグループで反応が育つのが遅ければ、潜在制止に合う結果です。
大事なのは、最初の段階ではその合図と新しい結果をまだ組み合わせていないことです。別の合図と結果の関係を先に覚えたために、新しい合図への反応が弱くなる「ブロッキング効果」とは、事前に経験する内容が異なります。
なぜ、見慣れた合図への反応が遅れるのか
考えられている理由の一つは、何度も現れて何も知らせなかった合図に、注意が向きにくくなることです。初めて聞く音には目や耳を向けても、何度も聞いていて特別なことが起きなかった音には、同じように注意を向けなくなるかもしれません。そうすると、その音が新しい出来事を知らせ始めても、関係を学ぶ過程が進みにくいと考えられます。
別の説明では、合図を経験したときの「この音のあとには何も起こらなかった」という経験が、後からできた「この音のあとには結果が起こる」という関係を思い出して反応する際に影響すると考えます。この説明なら、後の学習そのものが弱いとは限らず、学んだことが反応として現れにくい場合もあり得ます。
こうした注意や記憶に関する説明は研究で検討されていますが、どれか一つだけですべての実験結果が説明できると決まっているわけではありません(Byromら、2018)。
研究で分かっていること
1959年:合図だけを先に経験すると、反応の学習が遅れた
ルボウとムーア(1959)は、ヒツジとヤギを使い、点滅する光と回転する装置を合図にした実験を行いました。まず、二つの合図のうち片方だけを、何も起こらない状態で10回示しました。その後、どちらの合図の後にも脚への弱い電気刺激を与え、合図を見た段階で脚を曲げる反応がどのように学ばれるか調べました。
同じ動物の中で二つの合図を比べると、先に経験した合図に対しては、初めて示された合図に対してよりも、決められた水準まで反応を学ぶのに多くの繰り返しが必要でした(Lubow・Moore、1959;Lubow、2010)。
この研究は、合図そのものが初めてか、以前から経験していたかによって、その後の学習の進み方が違うことを示した初期の研究です。測定したのは実験中の動物の反応であり、動物が頭の中で何を考えたかを直接確かめたものではありません。
1994年・2003年:場所や事前の経験のさせ方で、現れ方が変わった
マクラーレンら(1994)は、渇いたラットに二つの合図をあらかじめ経験させ、その後に合図と水を結び付ける二つの実験を行いました。最初に合図だけを経験した場所と、後から学ぶ場所を変えると、潜在制止が弱まる結果が見られました。ただし、合図を見せ始める前からその場所を経験させた条件では、場所を変えても潜在制止が保たれました(McLarenら、1994)。
また、ウィーラーら(2003)は、ラットを使った二つの実験で、合図だけを複数の場所で経験させる場合や、非常に多く繰り返して経験させる場合を調べました。その結果、通常は場所の変更で弱くなり得る潜在制止が、こうした条件では場所を変えても弱まりにくくなりました(Wheelerら、2003)。
この二つの研究からは、合図を見聞きした回数だけでなく、どこで、どのように経験したかも後の反応に関わることが分かります。
2018年:人の実験でも、初めて現れた合図の方が先に学ばれた
フォレストら(2018)は、人に画面上の刺激を次々に見せ、目標の刺激が出たらできるだけ速く反応してもらう実験を三つ行いました。最初の段階で、ある合図を20回、目標の刺激と組み合わせずに示しました。その後、事前に示した合図と、初めて現れる別の合図のどちらも、目標の刺激が次に出ることを知らせるようにしました。
結果として、新しい合図と目標の刺激との関係の方が、先に反応の速さに表れる傾向が三つの実験で見られました。研究者たちは、事前の段階で合図にも注意を向けさせていたため、合図を無視させる課題がなくても、人で潜在制止に合う結果が現れ得ると論じました(Forrestら、2018)。
人の実験結果には、解釈上の課題もある
一方、バイロムら(2018)は、成人を対象とする潜在制止の研究から59件を選んで検討しました。そのうち52件では、先に経験した合図への反応が遅れる種類の結果が報告されていました。しかし、初めて見る合図への反応が速くなった可能性や、課題の説明、前の段階で求められた行動など、合図を先に経験したこと以外の影響を十分に切り分けられていないと指摘しています(Byromら、2018)。
つまり、人の実験にも潜在制止に合う結果はありますが、それを動物の実験とまったく同じ働きによるものと断定するには慎重さが必要です。
身近な場面で考える
たとえば、家の中でいつも小さな電子音が鳴っていても、何も特別なことは起きなかったとします。ある日から、その音が洗濯の終了を知らせるようになった場合、初めて聞く新しい音が終了を知らせる場合より、合図として気付くまでに時間がかかる人がいるかもしれません。
これは潜在制止を理解するための仮の例です。実際の家電では、音の大きさ、音が鳴る頻度、洗濯が終わったことを確認する方法なども関わるため、音に気付くのが遅れた理由を潜在制止だけで決めることはできません。
潜在制止の研究が示しているのは、新しい出来事と合図を結び付けて学ぶとき、それ以前に同じ合図をどう経験していたかも関係するということです。見慣れたものが新しい意味を持つようになっても、誰もがすぐ同じように反応を変えるとは限らないのです。
参考文献・出典
- Lubow, R. E., & Moore, A. U. (1959). Latent inhibition: The effect of nonreinforced pre-exposure to the conditional stimulus. Journal of Comparative and Physiological Psychology, 52(4), 415–419. 合図だけを先に経験させることで、後の反応の学習が遅れたことを示した原著研究。
- Lubow, R. E. (2010). A short history of latent inhibition research. In R. E. Lubow & I. Weiner (Eds.), Latent Inhibition: Cognition, Neuroscience and Applications to Schizophrenia. Cambridge University Press. 1959年の実験に使った動物・合図・測定した反応と、同じ動物の中で比較した手順を著者自身が振り返った章。
- McLaren, I. P. L., Bennett, C., Plaisted, K., Aitken, M., & Mackintosh, N. J. (1994). Latent inhibition, context specificity, and context familiarity. The Quarterly Journal of Experimental Psychology: Section B, 47(4), 387–400. 合図を経験した場所と後に学ぶ場所の違いを、ラットの二つの実験で調べた研究。
- Wheeler, D. S., Chang, R. C., & Miller, R. R. (2003). Massive preexposure and preexposure in multiple contexts attenuate the context specificity of latent inhibition. Learning & Behavior, 31(4), 378–386. 合図を経験する場所の数や回数によって、場所の変更が与える影響が変わることを調べた研究。
- Forrest, D. R. L., Mather, M., & Harris, J. A. (2018). Unmasking latent inhibition in humans. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 71(2), 380–395. 人の画面課題で、事前に経験した合図と新しい合図への反応の速さを比べた三つの実験。
- Byrom, N. C., Msetfi, R. M., & Murphy, R. A. (2018). Human latent inhibition: Problems with the stimulus exposure effect. Psychonomic Bulletin & Review, 25(6), 2102–2118. 人を対象とする研究の調べ方と、結果の解釈に関わる条件を検討した総説。