馴化の二重過程理論とは?刺激への慣れと敏感さの変化をどう説明するか
たとえば、家の近くを通る電車の音に、初めは何度も振り向いていた人がいるとします。何度も聞くうちに反応しなくなる一方、突然大きな物音がした後には、いつもの音にも敏感になるかもしれません。同じように音を聞いていても、反応が弱くなったり強くなったりするのはなぜでしょうか。
馴化の二重過程理論は、刺激に繰り返し触れるときの反応を、反応を弱める働きと強める働きの二つが、並行して影響する結果として説明する考え方です。刺激に慣れる変化だけでは説明できない、反応の一時的な高まりも捉えようとした理論です。
馴化の二重過程理論とは?反応を弱める働きと強める働き
「馴化」とは、同じ刺激を繰り返し経験することで、その刺激に対する反応が弱くなる現象です。初めは音に驚いて体が動いても、同じ音を何度も聞くと、体の反応が小さくなる場合があります。ただし、耳が聞こえにくくなったり、体が疲れて動けなくなったりするだけの変化とは区別します(Rankinら、2009)。
もう一つの「感作」は、刺激を受けたことで、その後の刺激に対する反応が強く現れやすくなる変化です。たとえば、何かに強く驚いた後、続けて受けた刺激に普段より大きく反応するような場合です。ここでいう反応には、意識して感じる気持ちだけでなく、体を引っ込めたり跳ね上がったりする動きも含まれます。
グローヴスとトンプソンは1970年、同じ刺激の繰り返しによって、馴化と感作の両方が起こり得ると考えました。一方は反応を小さくする方向に、もう一方は大きくする方向に働き、実際に観察される反応にはその両方が関わるという説明です(Groves・Thompson、1970)。
この理論が「二重過程」と呼ばれるのは、反応を一方向に変える一つの仕組みだけでなく、方向の異なる二つの働きを分けて考えるからです。1970年の理論では、刺激に対する反応を伝える働きと、体全体の反応の高まりに関わる働きが、それぞれ変化すると想定されていました。ただし、二つの働きが脳や神経の中で常に完全に独立していると確定したわけではありません。
二つの働きが重なると、反応はどう変わるのか
二つの働きの強さが違えば、目に見える反応も異なります。
- 反応を弱める働きが目立つ場合:刺激を繰り返すほど、驚いたり体を引っ込めたりする反応が小さくなります。
- 反応を強める働きが目立つ場合:刺激の初めのうちは、同じ刺激への反応が一時的に大きくなる場合があります。
- 両方の働きが時間とともに変わる場合:初めは反応が大きくなり、その後に小さくなるなど、一定方向ではない変化も考えられます。
どちらの働きがどの程度現れるかは、刺激の強さ、繰り返し方、その前に経験した刺激などによって変わります。強い刺激では、反応を強める働きが目立つ場合があると説明されています(Prescott、1998)。
ここでの二つの働きは、実際の行動を説明するために研究者が区別したものです。反応の大きさを一度測っただけで、それぞれの働きがどれだけ強かったかを別々に読み取れるわけではありません。
研究で分かっていること
1969年・1970年:音への驚きと脚の反射から生まれた説明
デイヴィスとワグナー(1969)は、ラットに繰り返し音を聞かせた後、強い音に対する驚き反応を比べました。最初の実験では、音を徐々に大きくする場合と初めから同じ大きな音を聞かせる場合で、それぞれ350回聞かせると、その後の驚き反応の低下は同程度でした。
二つ目の実験では、音を徐々に強くしながら2,750回聞かせたラットは、一定の強さの音や強さが不規則に変わる音を750回聞かせたラットより、後の強い音への反応が小さくなりました。ただし、この比較では音を聞かせた回数も異なるため、徐々に強くしたことだけが差の原因とは言えません(Davis・Wagner、1969)。
グローヴスとトンプソン(1970)は、猫の後ろ脚を曲げる反射やラットが音に驚く反応を実験で調べました。こうした行動の研究と神経の働きについての知見を合わせ、反応を弱める働きと強める働きが並行して進むという理論を示しました(Groves・Thompson、1970;Thompson、2009)。
1970年:アメフラシでは、弱まった反応が別の刺激で再び強くなった
ピンスカーら(1970)は、海にすむアメフラシの体に触れたとき、えらを引っ込める反応を調べました。同じ場所に繰り返し触れると、えらを引っ込める動きが小さくなりました。しばらく休ませると反応は回復し、別の場所に強い刺激を与えた後にも、弱くなっていた反応が再び大きくなりました(Pinskerら、1970)。
同じ年、カステルッチら(1970)は、この反応に関わる神経細胞の間で情報が伝わる強さを調べました。繰り返し刺激した場合には神経細胞の間の応答が弱くなり、別の経路に強い刺激を与えた場合には応答が強まりました(Castellucciら、1970)。
これらは、反応を弱める変化と強める変化を区別して考える根拠になります。ただし、弱まった反応が再び大きくなったことは、それまでの馴化が完全に消えたことを意味しません。別の刺激によって反応を強める働きが加わった可能性があります。
1998年・2009年:二つの働きは、単純な足し引きだけではない
プレスコット(1998)は、動物の神経の研究を整理し、反応を弱める変化と強める変化が、互いの起こり方にも影響することを論じました。二つの働きを別々に考えることは役立ちますが、実際の神経の働きは、二つを単純に足し引きするだけでは説明しきれないということです(Prescott、1998)。
ランキンら(2009)は、さまざまな動物を対象とした馴化研究を整理し、繰り返しによる反応の低下を見分ける条件を改めて示しました。別の刺激の後に反応が戻ったかを確かめるときは、もともと反応が弱くなっていた刺激を、もう一度示したときの反応を見る必要があります。別の刺激そのものに強く反応しただけでは、馴化した反応が戻ったとは言えません(Rankinら、2009)。
こうした研究は、馴化と感作を区別する考え方が重要であると同時に、一つの反応の変化から、内側で起こった仕組みをすべて決められるわけではないことを示しています。
身近な場面で考える
たとえば、駅の近くに住む人が、毎日聞こえる電車の走行音に、以前ほど振り向かなくなったとします。これは、繰り返しの刺激に対する反応が小さくなる馴化を想像する例です。
その人が、ある日突然大きな工事音を聞いて驚いた後、普段なら気に留めない電車の音にも強く反応するようになったとします。馴化の二重過程理論では、反応を弱める働きが続いていても、別の刺激を受けて反応を強める働きが一時的に目立つ、という見方ができます。
これは研究で確認された実話ではなく、二つの働きの関係を考えるための仮の例です。日常の音への反応には、音量、疲れ、注意の向き方やそのときの状況も関わるため、特定の人の反応をこの理論だけで説明することはできません。
馴化の二重過程理論が示すのは、同じ刺激への反応が弱くなったか強くなったかという結果の背後に、反応を抑える側と高める側の働きが重なっている可能性があるという視点です。
参考文献・出典
- Groves, P. M., & Thompson, R. F. (1970). Habituation: A dual-process theory. Psychological Review, 77(5), 419–450. 馴化と感作という二つの働きが反応を決めるとする理論を提案し、猫とラットの反射・反応の研究を報告した原著論文。
- Davis, M., & Wagner, A. R. (1969). Habituation of startle response under incremental sequence of stimulus intensities. Journal of Comparative and Physiological Psychology, 67(4), 486–492. 音を徐々に大きくする条件と一定の強さで繰り返す条件などを比べ、ラットの驚き反応を調べた研究。
- Pinsker, H., Kupfermann, I., Castellucci, V., & Kandel, E. (1970). Habituation and dishabituation of the gill-withdrawal reflex in Aplysia. Science, 167(3926), 1740–1742. アメフラシで繰り返しの触覚刺激に対する反応の低下と、別の刺激による回復を調べた研究。
- Castellucci, V., Pinsker, H., Kupfermann, I., & Kandel, E. (1970). Neuronal mechanisms of habituation and dishabituation of the gill-withdrawal reflex in Aplysia. Science, 167(3926), 1745–1748. アメフラシの反射に関わる神経細胞の応答が、繰り返しの刺激と別の経路への刺激で変わることを調べた研究。
- Prescott, S. A. (1998). Interactions between depression and facilitation within neural networks: Updating the dual-process theory of plasticity. Learning & Memory, 5(6), 446–466. 反応を弱める働きと強める働きが複雑に影響し合うことを整理し、二重過程理論を再検討した論文。
- Thompson, R. F. (2009). Habituation: A history. Neurobiology of Learning and Memory, 92(2), 127–134. 初期の動物実験から二重過程理論が提案されるまでの経緯と、研究の解釈を振り返った総説。
- Rankin, C. H., et al. (2009). Habituation revisited: An updated and revised description of the behavioral characteristics of habituation. Neurobiology of Learning and Memory, 92(2), 135–138. 馴化と単なる疲労の区別、反応の回復の確認方法などを整理した総説。