記憶の多重貯蔵モデルとは?感覚記憶・短期記憶・長期記憶を分けて考える
駅の案内板を見て「出口は2番だった」と覚えたのに、歩いているうちに番号を忘れてしまうことがあります。一方、何年も前に通っていた駅の名前なら、今でも思い出せるかもしれません。目に入った情報、今だけ覚えている情報、長く残っている情報は、同じように記憶されるのでしょうか。
記憶の多重貯蔵モデルとは、記憶を感覚記憶・短期記憶・長期記憶という三つの働きに分け、情報がどのように残り、失われ、再び思い出されるかを考える心理学のモデルです。情報を保てる時間や扱い方の違いを説明します。ただし、脳の中に独立した三つの箱があり、情報が必ず一方向に移動すると証明したものではありません。
記憶の多重貯蔵モデルとは?三つの記憶の違い
アトキンソンとシフリンは1968年、人の記憶を説明する枠組みとして、三つの保存の働きと、注意を向ける、頭の中で繰り返す、記憶を探すといった情報の扱い方を区別しました(Atkinson・Shiffrin、1968)。
感覚記憶:見聞きした情報が、ごく短く残る
目に入った文字や耳に届いた音は、すべてを意識して覚えようとしなくても、一時的に受け取られます。感覚記憶は、そのような情報がごく短い間だけ残る働きです。特に、目で見たものについては、消えた直後にも多くの情報を取り出せる場合があることが研究されています(Sperling、1960)。
ただし、見えたものがすべて鮮明な写真のように保存され、好きなときに読み直せるという意味ではありません。必要な情報を取り出さないまま時間がたつと、使えなくなっていきます。
短期記憶:今必要な情報を、一時的に保つ
たとえば、友人に教わった電話番号を、メモを取るまで頭の中で繰り返しているとします。このように、今必要な情報を限られた間だけ保つ働きが短期記憶です。
1968年のモデルでは、言葉などの短期的な記憶は、繰り返さずにいると比較的短い時間で使えなくなると想定されていました。一方、声に出したり頭の中で言い直したりすると、保てる時間が延びる場合があります。「必ず何秒で消える」という一律の規則ではなく、情報の種類や覚え方によって変わります(Atkinson・Shiffrin、1968)。
長期記憶:時間がたっても使える知識や経験
自分の名前や以前習った言葉、よく通った道の特徴など、時間がたっても思い出せる情報が長期記憶の例です。短期記憶より長い期間、情報を保つ働きとして考えられています。
長期記憶に入った情報をいつでも必ず思い出せるわけではありません。記憶はほかの情報の影響を受けたり、思い出すための手がかりが足りなかったりします。原論文も、情報が残っていることと、それを取り出せることを区別していました(Atkinson・Shiffrin、1968)。
情報はどう行き来するのか?注意・繰り返し・思い出す働き
このモデルの基本的な説明では、見聞きした情報がまず感覚記憶に入り、その一部に注意を向けることで短期記憶でも扱われます。さらに、情報の内容や本人の覚え方によって、後からも利用できる長期記憶が形成されると考えます。
情報が前の場所から消えて次の場所へ「引っ越す」のではありません。アトキンソンとシフリンは、情報の一部が次の保存の働きでも利用できるようになるという意味で説明しました。また、長期記憶にある知識を思い出し、今考えるために短期記憶で使うという、逆方向の働きも含めています(Atkinson・Shiffrin、1968)。
ただ頭の中で繰り返すことと、意味を考えたり、以前の知識と結び付けたりすることも同じではありません。原論文では、情報をどのように扱うかによって、長く覚えておける程度が違い得ると考えられていました。短期記憶で長く繰り返したことだけで、長期記憶への定着が決まるわけではありません(Wixted、2024)。
研究で分かっていること
1960年:消えた文字でも、直後なら一部を正しく答えられた
スペーリング(1960)は、複数の文字を短時間だけ見せ、直後にどれだけ答えられるかを調べました。たとえば12文字を3行に並べて約0.05秒間示し、全部の文字を答える場合と、表示が消えた後に音で指定された一行だけを答える場合を比較しました。
全体を答える場合には、思い出せる文字は数個にとどまりました。しかし、消えた直後に一行を指定すると、その行の文字を高い割合で答えられました。どの行が指定されるかは事前には分からないため、画面が消えた直後には、報告できる数より多くの文字の情報が利用できたと考えられます。音による指定を遅らせると、この利点は弱まりました(Sperling、1960)。
これは、目に入った情報がごく短く残る働きを説明する重要な実験です。文字をすべて長く覚えていたことを示したわけではありません。
1966年:覚えた順番の最初と最後では、条件の影響が違った
グランザーとキューニッツ(1966)は、単語を順番に提示した後、覚えているものを挙げてもらう二つの実験を行いました。最初の実験では、単語を見せる速さなどを変え、二つ目では最後の単語から思い出し始めるまでの時間を変えました。
ゆっくり提示した場合には、主に一覧の最初の方の単語がよく思い出されました。一方、思い出すまでに時間を置いた場合には、特に最後の方の単語の有利さが弱まりました(Glanzer・Cunitz、1966)。
同じ一覧でも、最初と最後で異なる条件が効いたことは、短期的な保持と長期的な保持を区別する考え方を支えました。ただし、この結果だけで、脳内に別々の保管場所があると確定するものではありません。
1970年:短い言葉の記憶が弱くても、長期の学習が保たれた例
シャリスとウォリントン(1970)は、言葉を一時的に覚える力が大きく低下した一人の患者を対象に、五つの実験を行いました。言葉を短く保つ課題では著しい困難がありましたが、長期記憶を調べる課題の成績は正常な範囲でした(Shallice・Warrington、1970)。
これは、言葉の短期記憶が十分に働かなければ、長期記憶も必ず作れないという単純な説明では理解しにくい結果です。一方、一人の患者の観察だけで、すべての人の記憶が同じ経路で働くと分かったわけではありません。
1974年:覚えながら考える働きは、単純な一つの保存場所ではなかった
バドリーとヒッチ(1974)は、数字を一時的に覚えながら、文章を理解したり、問題について考えたりする課題を実施しました。数字を覚える負担が増えると、考える課題に時間がかかるなどの影響が出ましたが、考えること自体が完全にできなくなるわけではありませんでした(Baddeley・Hitch、1974)。
この研究は、情報をただ短く保存することに加えて、覚えた情報を使いながら考える働きを詳しく分けて説明する必要があることを示しました。後に「ワーキングメモリ」と呼ばれる考え方が発展した理由の一つです。
2023年:短時間の視覚記憶について再検証も行われた
ブラッドリー=ガルシアら(2023)は、18~59歳の成人64人を対象に、1960年のスペーリングの研究を参考にしたオンライン実験を行いました。短時間だけ文字や数字を示し、全部を答える課題や、音で指定された行だけを答える課題を使いました。
その結果、表示する文字の数や行の数、どの時点で音の指示を出すかが、回答の正確さに関係しました。以前の研究に関連する傾向を支持する結果でしたが、家庭などの異なる環境からオンラインで参加した研究でもあり、すべての条件が1960年の実験と同一というわけではありません(Bradley-Garciaら、2023)。
三つの箱だけで、記憶のすべてを説明できるのか
三つの記憶を区別する説明は、情報をいつ、どのように使えるのか理解する助けになります。しかし、記憶の成績には、情報をどれくらい長く保ったかだけでなく、意味をどのように考えたかも関わります。クレイクとロックハート(1972)は、保存場所を増やして説明するだけでは不十分だと考え、情報を処理する仕方に注目した別の枠組みを提案しました(Craik・Lockhart、1972)。
ウィクステッド(2024)は、1968年の原論文が「感覚記憶→短期記憶→長期記憶」という単純な一本道の完成図として書かれたわけではないと指摘しています。原著では、短期記憶を言葉だけの単一の貯蔵庫とは考えず、視覚などに関わる複数の短期貯蔵庫も想定していました。また、情報を意味や既存の知識と結び付ける処理にも注目していました(Wixted、2024)。
したがって、このモデルは、記憶の違いを整理して研究する出発点として捉えるのが適切です。三つの名称だけから、一人ひとりの忘れ方や学習の成否が決まるわけではありません。
身近な場面で考える
たとえば、駅で「臨時バスは東口の2番乗り場」という掲示を見た人がいるとします。文字は一瞬目に入り、そのうち「東口の2番」という情報に注意を向けます。乗り場に着くまで頭の中でその言葉を繰り返し、以前に来たときの駅の様子も思い出すかもしれません。
この仮の場面で、文字を見た直後の情報、移動中に保っている言葉、以前から知っている駅の記憶を分けると、三つの記憶の違いを考えやすくなります。ただし、実際の記憶を観察して三つの保存場所を特定した例ではありません。
また、何度も繰り返したからといって、乗り場の番号を翌月も覚えているとは限りません。大事な案内は写真やメモなどでも確かめる必要があります。記憶の多重貯蔵モデルは、目に入ること、今覚えていること、後から思い出せることが同じではないと理解するための手がかりになります。
参考文献・出典
- Atkinson, R. C., & Shiffrin, R. M. (1968). Human memory: A proposed system and its control processes. Psychology of Learning and Motivation, 2, 89–195. 三つの保存の働きと、注意・繰り返し・記憶の検索などの情報の扱い方を提案した原論文。大学公開の全文。
- Sperling, G. (1960). The information available in brief visual presentations. Psychological Monographs: General and Applied, 74(11), 1–29. 短時間だけ見せた文字の一部を、後から指示して答えさせた実験。
- Glanzer, M., & Cunitz, A. R. (1966). Two storage mechanisms in free recall. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 5(4), 351–360. 単語の提示速度やテストまでの時間が、一覧の最初と最後の語に与える影響を調べた二つの実験。
- Shallice, T., & Warrington, E. K. (1970). Independent functioning of verbal memory stores: A neuropsychological study. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 22(2), 261–273. 言葉の短期記憶が大きく低下しても長期記憶の課題は保たれた一人の患者についての五つの実験。
- Craik, F. I. M., & Lockhart, R. S. (1972). Levels of processing: A framework for memory research. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 11(6), 671–684. 保存場所だけでなく情報をどう扱うかに注目した理論的な論文。
- Baddeley, A. D., & Hitch, G. J. (1974). Working memory. Psychology of Learning and Motivation, 8, 47–89. 一時的に数字を覚えながら考えたり文章を理解したりする課題から、記憶と情報の操作を調べた研究。
- Bradley-Garcia, M., et al. (2023). Capacity and duration of iconic memory from partial reporting of brief stimuli: A replication of Sperling’s experiment (1960). The Quantitative Methods for Psychology, 19(3), r1–r11. 成人64人を対象に、短時間だけ見せた文字と音による指示を用いて感覚記憶を再検証した研究。
- Wixted, J. T. (2024). Atkinson and Shiffrin’s (1968) influential model overshadowed their contemporary theory of human memory. Journal of Memory and Language, 136, 104471. 1968年の原論文を再検討し、単純な一本道の説明だけでは原著の考え方を十分に伝えられないと論じた論考。