トランザクティブ・メモリー理論とは?「誰が何を知っているか」で記憶を分担する仕組み

心理学の法則・効果
なるほど心理学編集部

友人と旅行を計画するとき、全員が宿の予約内容も電車の乗り換えも覚えている必要はないかもしれません。宿のことは一人が把握し、道順は別の人が詳しければ、分からないことを互いに聞いて予定を進められます。このように人の知識を頼りにできるのは、なぜでしょうか。

トランザクティブ・メモリー理論とは、複数の人が「誰が何を知っているか」を把握し、情報を覚える役割を分け、必要なときに相手から情報を得ることで、集団として知識を使う仕組みを説明する考え方です。親しい二人の関係から共同作業をする集団まで研究されており、単に全員が同じことを覚える場合とは異なります。

トランザクティブ・メモリー理論とは?記憶を人との関係で考える

「トランザクティブ・メモリー」は、人と人とのやり取りを通じて成り立つ記憶の仕組みを指します。自分がある情報を覚えていなくても、「あの人なら知っている」と分かり、必要なときに聞き出せれば、その知識を利用できます。心理学者ウェグナーは1987年、こうした人々の間での情報の分担と利用を説明しました(Wegner、1987)。

この仕組みには、次のような働きがあります。

  • 誰が詳しいかを知る:旅行の交通手段なら友人A、宿の予約内容なら友人Bというように、情報を持つ人を把握します。
  • 覚える内容を分ける:全員がすべてを覚える代わりに、それぞれが一部の情報を詳しく覚えます。分担は、必ずしも事前に決めたものとは限りません。
  • 必要なときに情報を得る:予定を決める場面で、誰に何を聞けばよいかを判断し、得られた情報を合わせて使います。

重要なのは、知識が別々の人にあるだけでは十分でない点です。ほかの人が何を知っているかについて、お互いの理解があることが、この仕組みの中心になります。親しい人との日常的なやり取りの中で分担が育つ場合もあれば、初めて集まった人同士が役割を決める場合もあります。

研究で分かっていること

1991年:恋人同士では、いつもの分担が記憶を支える場合があった

ウェグナーら(1991)は、3か月以上交際している人たち118人を対象に、普段の恋人同士の組と、別の組の相手を組み合わせた初対面の二人組を比べました。参加者は、食品や歴史など複数の種類の言葉を、二人で覚える課題に取り組みました。学ぶときには二人で会話せず、記憶は一人ずつ答えてもらいました。

また、一部の組には「食品を覚えるのは一人、歴史を覚えるのはもう一人」といった担当を指定し、ほかの組には担当を指定しませんでした。担当を指定しない条件では恋人同士の組の方がよい成績でしたが、担当を指定した条件では初対面の組の方がよい成績でした(Wegnerら、1991)。

恋人同士には、普段の関係でできた暗黙の分担があり、外から別の分担を指定すると、それがかえって働きにくくなる可能性があります。ただし、これは決められた言葉を覚える実験での結果です。親しい二人なら、どんな場面でも初対面の二人よりよく覚えられるという意味ではありません。

1995年:一緒に練習した3人組は、後の共同作業でもよい成績だった

リャンら(1995)は、参加者にトランジスタラジオの組み立て方を教えました。3人組で一緒に練習する人たちと、一人ずつ練習する人たちを用意し、1週間後に全員が3人組で組み立て方を思い出し、実際にラジオを組み立てる課題に取り組みました。一緒に練習した人たちは同じ組で作業し、一人で練習した人たちは新しく組を作りました。

その結果、最初から一緒に練習した組の方が、組み立て手順を多く思い出し、完成したラジオの品質も高くなりました。研究者は作業中の記録などを分析し、誰が何を知り、何を担当するかという記憶の分担が、成績の違いに大きく関わったと考えました(Liangら、1995)。

ただし、比較した二つの条件では、練習方法だけでなく、後から作業する相手がすでに知っている人かどうかも異なります。この研究だけで「役割を分けさえすれば必ず成果が上がる」とは言えません。

1998年:話せるかどうかによって、二人組の記憶成績が変わった

ホリングスヘッド(1998)は、恋人同士の組と初対面の組に、六つの分野に分かれた単語を覚えてもらい、学ぶときや思い出すときに会話できるかどうかを変えました。

その結果、学ぶときに会話できない場合は恋人同士の組が初対面の組より多く覚えた一方、学ぶときに会話できる場合は初対面の組が上回りました。さらに、学ぶときと思い出すときの会話の条件が同じだった組は、条件が変わった組より多く思い出しました(Hollingshead、1998)。

この結果から、二人の関係の長さだけでなく、情報を覚えるときと取り出すときに、どのようにやり取りできるかも大切だと分かります。

知識の分担がうまく働くには、何が必要なのか

ルイス(2003)は、集団で知識を分担し、使う仕組みを調べるため、メンバーが答える15項目の質問票を作成し、適切に測定できるか検証しました。研究室の124組、経営学を学ぶ大学院生の共同作業64組、技術系企業の27組を対象に、知識の専門分担、ほかの人の知識への信頼、作業の連携という三つの面から、この仕組みを捉えました(Lewis、2003)。

たとえば、ある人が予約について詳しくても、ほかの人がそのことを知らなければ、必要なときに頼れません。また、相手の知識を信用できなかったり、互いの情報を合わせることができなかったりすれば、分担した知識を十分に生かしにくいと考えられます。

集団の成果との関係については、フォーセットら(2026)が実験室で行われた44件の研究をまとめています。トランザクティブ・メモリーの働きがよい集団ほど、成果もよいという関連が平均的に見られました。ただし、その関連は、本人たちによる成果の自己評価では、外部の人による評価や課題の成績で測った場合より強くなりました(Fausettら、2026)。

つまり、この理論が集団の協力を理解する助けになることは研究から支持されていますが、どのような集団でも同じだけ成果が上がると確認されたわけではありません。研究で何を成果として測ったかにも注意が必要です。

身近な場面で考える

たとえば、友人3人で旅行の準備をしているとします。一人は電車の乗り換えに詳しく、別の一人は宿の予約内容を把握し、もう一人は行きたい場所の営業時間を調べています。3人が互いの担当を知っていれば、何か確認したいときに、誰に聞けばよいか分かります。

一方、宿の予約時間を知っている人がいても、ほかの二人が誰に聞けばよいか分からなければ、必要な情報をすぐには使えません。これは仕組みを説明するための仮の例であり、特定の旅行で必ず問題が起きるという予測ではありません。

予定を間違えると困る情報については、互いの担当を把握したうえで、予約メールなどの記録を全員が確認できるようにする方法も考えられます。これは研究で効果が確かめられた決まった手順ではなく、分担した情報を使いやすくするための日常的な工夫です。

トランザクティブ・メモリー理論は、人が自分の頭の中だけでなく、周囲の人の知識の所在も手がかりにして、情報を覚え、取り出しているという見方を示します。大切なのは、誰かが詳しいことだけでなく、その知識を必要な人が利用できる関係ができていることです。

参考文献・出典