責任の分散とは?集団で「誰かがやるだろう」と感じる心理
地域の行事で「会場を使い終わったら鍵を返してください」と参加者全員に伝えたとします。ところが、誰が返すかは決まっていません。一人ひとりが「ほかの人が返すだろう」と考えれば、鍵が返されないままになるかもしれません。
責任の分散とは、複数の人が同じ状況に関わっていると、一人ひとりが「自分が対応しなければ」と感じる度合いが弱まることです。集団の中で「誰かがやるだろう」という気持ちが生まれる理由の一つとして考えられています。
責任の分散とは?意味と仕組み
アメリカ心理学会の心理学用語辞典では、責任の分散は、集団の中にいる個人が感じる責任感の低下として説明されています。アメリカ心理学会(2018)
たとえば、友人から自分一人に「この日時を調べてほしい」と頼まれたら、自分が答える必要があると感じやすいでしょう。しかし、同じ依頼が友人グループの全員に届いたら、「ほかの人が調べて返事をするかもしれない」と考える余地ができます。複数人が対応できると思うことで、自分が引き受ける必要を小さく感じる可能性があります。
ここでいう責任の分散は、協力して仕事や役割を分担することとは異なります。「誰が何をするか」が決まっていれば、それぞれが自分の役割を分かっています。一方、担当がはっきりしないと、対応できる人が複数いることが、かえって一人ひとりの行動を遅らせる場合があります。
責任の分散は、ほかの人がいると援助行動が起こりにくくなることがある「バイスタンダー効果(傍観者効果)」を説明する理由の一つです。傍観者効果は援助する行動の変化、責任の分散はその背景にあると考えられる個人の責任感の変化を指します。責任の分散は、緊急時だけでなく、共同作業や情報提供の依頼を考える際にも役立つ考え方です。
研究で分かっていること
ほかにも聞いている人がいると思うと、責任感が弱まった
DarleyとLatané(1968)は、大学生が別々の部屋から音声で話す途中で、別の参加者が発作を起こして助けを求める声が聞こえる実験を行いました。実際には、その声は録音されたものでした。
声を聞いた人には「自分だけが聞いている」と思う条件と、「ほかにも1人または4人が聞いている」と思う条件がありました。ほかにも聞いている人がいると思った場合には、個人的な責任を感じる度合いが弱まり、実験担当者へ知らせるのも遅くなりました。DarleyとLatané(1968)
この実験では、参加者はほかの人が実際に何をしているかを確認できませんでした。それでも「ほかにも対応できる人がいる」という認識が、責任感と行動に影響したのです。これは緊急事態を使った実験であり、すべての集団活動で同じ変化が起きると示したものではありません。
自分に直接頼まれると、盗難を止めようとする人が増えた
Shaffer、Rogle、Hendrick(1975)は、図書館で持ち物を盗まれるように見せかける二つの実験を行いました。席を離れる人が、近くの人に「持ち物を見ていてほしい」と頼む場合と、頼まない場合を比べました。
どちらの実験でも、事前に頼まれた人のほうが、持ち物を守ることは自分の責任だと感じ、盗難を止めようとする割合も高くなりました。また、一方の実験では、そばに反応しない別の人がいると、責任感や盗難を止めようとする行動が弱まりました。Shafferら(1975)
この研究では、直接依頼されることと、ほかにも傍観者がいることの両方が、責任感や行動に関係していました。ただし、図書館での盗難を模した場面を調べた結果なので、どのような頼み事でも同じ効果があるとは限りません。
リーダー役の人は、緊急事態に介入しやすかった
Baumeisterら(1988)は、集団での活動中に、ある人が喉を詰まらせたように見える場面を作りました。参加者は活動のためにリーダー役か、リーダー以外のメンバー役を割り当てられていました。
リーダー以外のメンバー役では助けに入らない人が多かった一方、リーダー役の参加者は介入する傾向が強く見られました。介入すると実験中の指示に反することになる状況でも、リーダー役の人は助けようとしていました。Baumeisterら(1988)
研究者らは、リーダーという役割が「自分が対応する立場だ」と認識する手がかりになったと考えています。実験で割り当てた役割についての結果であり、現実のリーダーが必ず同じ行動を取るという意味ではありません。
一人宛てのメールのほうが、返信が多かった
BarronとYechiam(2002)は、情報提供を求めるメールを一人だけに送る場合と、同時に五人へ送る場合を比較しました。その結果、一人宛てのメールのほうが返信される割合が高く、返信内容も役に立ち、長い傾向がありました。BarronとYechiam(2002)
この実験が直接調べたのは返信の有無と内容です。返信した人が心の中でどれだけ責任を感じたかまで、この結果だけで決めることはできません。それでも、同じ情報提供の依頼を複数人に同時に送ることが、各人からの返信を増やすとは限らないと分かります。
責任は人数に応じて均等に分かれるとは限らない
Forsythら(2002)は、実験室で2人、4人、6人、8人のグループに課題を行ってもらい、成功または失敗という結果を伝えた後、各メンバーに責任を割り当ててもらいました。自分に割り当てた責任の平均割合は、2人組で約52%、4人組で約28%、6人組で約18%、8人組で約13%と、人数が増えるほど小さくなりました。ただし、同じグループ内でも責任が全員に同じ割合で割り当てられたわけではなく、メンバーの役割によっても違いが見られました。Forsythら(2002)
これは結果が出た後で責任を誰に割り当てるかを調べた研究です。これから何かをするときに自分がどれほど責任を感じるか、あるいは実際に行動するかを直接測ったわけではありません。責任の感じ方や割り当て方は、単に人数が増えるだけで一律に決まるものではないことを考える材料になります。
身近な場面で考える
たとえば、地域の交流会を六人で準備していて、使い終わった会場の鍵を管理事務所に返す必要があるとします。連絡用のメッセージに「鍵の返却をお願いします」とだけ書かれていたら、参加者の一人は「運営担当の人が返すだろう」、別の人は「最後に会場を出る人が返すだろう」と考えるかもしれません。
誰も返却を引き受けていないのに、各自は誰かが対応すると思っている。このように、担当が決まっていないことと、ほかにも対応できる人がいるという認識が重なる場面は、責任の分散を考える身近な例です。
この場合には、例えば「鍵を返すのは佐藤さん、返却できないときは田中さんに連絡する」と決めておく方法があります。誰が何をするかを共有すれば、「誰かがやるはず」という思い込みから生まれる曖昧さを減らせると考えられます。ただし、これは研究結果を日常に応用した提案であり、地域の行事で必ず返却が行われると実証された方法ではありません。
集団で協力することと、責任の分散を防ぐことは両立できます。責任の分散を理解するときに大切なのは、人数が多い人たちを無責任だと決めつけることではなく、一人ひとりが自分の役割をどう受け止める状況になっているかを見ることです。
参考文献・出典
- American Psychological Association. (2018). APA Dictionary of Psychology: diffusion of responsibility. 集団の中で個人が感じる責任感が弱まるという定義の出典。
- Darley, J. M., & Latané, B. (1968). Bystander Intervention in Emergencies: Diffusion of Responsibility. Journal of Personality and Social Psychology, 8(4), 377–383. ほかにも声を聞いている人がいるという認識と、個人の責任感・通報行動の関係を調べた実験。
- Shaffer, D. R., Rogle, M., & Hendrick, C. (1975). Intervention in the Library: The Effect of Increased Responsibility on Bystanders’ Willingness To Prevent a Theft. Journal of Applied Social Psychology, 5(4), 303–319. 持ち物を守るよう直接頼まれることと、責任感・介入行動の関係を調べた実験。
- Baumeister, R. F., Chesner, S. P., Senders, P. S., & Tice, D. M. (1988). Who’s in Charge Here?: Group Leaders Do Lend Help in Emergencies. Personality and Social Psychology Bulletin, 14(1), 17–22. リーダー役を割り当てられることと、緊急時の介入行動を調べた実験。
- Barron, G., & Yechiam, E. (2002). Private e-mail requests and the diffusion of responsibility. Computers in Human Behavior, 18(5), 507–520. 一人宛てと五人宛ての情報提供依頼メールについて、返信と内容を比較した実験。
- Forsyth, D. R., Zyzniewski, L. E., & Giammanco, C. A. (2002). Responsibility Diffusion in Cooperative Collectives. Personality and Social Psychology Bulletin, 28(1), 54–65. 協同作業の結果について、集団内の各人に責任をどう割り当てるかを調べた研究。