プロスペクト理論とは?利益と損失で変わる選択の考え方
二つの案から選ぶとき、得をする場面では「確実にもらえる方が安心」と感じても、損をする場面では「損をせずに済む可能性がある方に賭けたい」と感じることがあります。
プロスペクト理論とは、結果が確実ではない選択で、人が何を利益・損失と考えるか、金額の変化や確率をどう受け止めるかによって、選び方が変わることを説明する理論です。単に「人は損を嫌う」という話ではなく、得と損の感じ方、起こる確率の扱い方を組み合わせて考えます。
プロスペクト理論とは?利益と損失をどう評価するのか
心理学者のカーネマンとトヴェルスキーは1979年、確率を伴う選択について、それまで広く使われていた理論では説明しにくい判断を示し、プロスペクト理論を提案しました。これは、人が実際にどう選びやすいかを説明しようとする理論です。「どれが必ず正しい選択か」を決める公式ではありません(Kahneman・Tversky, 1979)。
選び方の違いを理解するには、次の三つの点が重要です。
- 何を基準に得や損と考えるか:同じ金額でも、現在の状態や期待していた結果など、比べる基準が違えば、得をしたとも損をしたとも感じられます。たとえば9,000円の買い物は、予算が1万円なら予算より安く、予算が8,000円なら予算を超えています。
- 利益と損失をどう感じるか:同じ大きさの利益と損失を比べると、損失の方を重く感じる傾向を想定します。また、得や損が基準から大きくなるにつれ、同じ金額の差でも感じ方の変化は小さくなりやすいと考えます。
- 確率を判断にどう反映するか:起こる確率が分かっていても、その確率を計算どおりの重みで扱うとは限りません。とても低い確率の出来事が、判断の中で相対的に大きな重みを持つ場合もあります。
三つ目は、本人が確率を間違って覚えているという意味ではありません。実際に起こる確率と、その可能性が選択に与える重みは同じとは限らない、という考え方です。利益か損失かという違いに加えて、確率の高低によっても選び方が変わり得ます。
研究で分かっていること
1979年の研究では、得る場合と失う場合で選択が変わった
Kahneman・Tversky(1979)は、学生や大学の教員などに、金額と確率を示した仮想的な選択問題を提示しました。代表的な二つの問題では、当時のイスラエルの通貨単位で示した4,000と3,000という金額を用い、それぞれ95人分の回答を報告しています。
- 利益を得る問題:「80%の確率で4,000を得る」と「確実に3,000を得る」の比較では、80%が確実に3,000を得る方を選びました。
- 損失を被る問題:「80%の確率で4,000を失い、20%では失わない」と「確実に3,000を失う」の比較では、92%が80%の確率で4,000を失う方を選びました。
利益の問題では、確率を掛けて計算した平均獲得額は不確実な案が3,200、確実な案が3,000です。損失の問題では、それぞれ平均で3,200と3,000を失います。それでも、利益の問題では確実に得られる方を選ぶ人が多く、損失の問題では損を免れる可能性がある方を選ぶ人が多いという、集団の回答傾向の違いが見られました。
この研究は主に「もしこの選択をするなら」と尋ねたもので、実際にその金額を受け取ったり支払ったりする実験ではありません。そのため、回答割合をそのまま現実の買い物や投資での行動に当てはめることはできません。
1992年の研究では、確率の高低も合わせて説明した
Tversky・Kahneman(1992)は、元の理論を発展させた「累積プロスペクト理論」を発表しました。複数の結果があり得る選択も扱い、利益と損失に対して確率をどう重み付けするかを分けて考えます。先行研究と新たな実験から、次の四つの代表的な傾向を示しました。
- 利益を得る確率が高いとき:確実に得られる結果を好み、危険を避ける方向に傾きやすい。
- 損失を被る確率が高いとき:確実な損失を避けようとして、結果が不確実な案を選ぶ方向に傾きやすい。
- 利益を得る確率が低いとき:わずかな可能性でも大きな利益を期待して、不確実な案を選ぶ方向に傾きやすい。
- 損失を被る確率が低いとき:わずかな可能性の損失を重く見て、危険を避ける方向に傾きやすい。
これは確率と結果を組み合わせた比較で見られる傾向を整理したもので、すべての人が必ず四つのとおりに選ぶという意味ではありません。「利益なら安全策、損失なら賭け」という説明だけでは、確率が低い場合を説明しきれないことが分かります。
2020年の多国間研究でも、主要な傾向が再現された
Ruggeriら(2020)は、1979年の研究で使われた選択問題を、19か国・13言語の4,098人に実施しました。金額を現代の各地域の通貨に合わせるなどの調整を行った結果、調べた項目の94%で元研究と同じ方向の結果が得られ、理論に関する13の比較のうち12でも傾向が再現されました。
一方、元研究より選択割合の偏りが小さかった問題もあり、結果の強さは国によって異なりました。参加者一人ひとりの回答も、すべての問題で理論に沿う選択だったわけではありません。これは集団としての主要な傾向を支持する結果ですが、特定の人が次に何を選ぶかを確実に予測できるものではありません。
身近な場面で考える
たとえば、買い物をした人が、店のキャンペーンで受け取る現金の特典を次の二つから選べるとします。Aは必ず500円もらえる案、Bは80%の確率で700円もらえ、残り20%ではもらえない案です。確実に得られるAを選びたくなるかもしれません。
別の日に、予想外の支払いについて二つの案が提示されたとします。Cは必ず500円を支払う案、Dは80%の確率で700円を支払い、残り20%では支払わなくてよい案です。今度は「何も払わずに済むかもしれない」と考えてDを選びたくなるかもしれません。
この二つは研究で使われた場面ではなく、利益と損失の違いを日常に置き換えた仮の例です。選択には金額の負担や、その人の生活状況なども関わります。ただ、同じような確率の選択でも、「得る」と「失う」で目を向ける点が変わり得ることを理解できます。
選択を考えるときに役立つ視点
迷ったときには、まず何を基準に「得」「損」と呼んでいるかを考えると、判断を整理しやすくなります。次に、選べる案について、起こり得る結果とその確率を分けて確かめます。金額の平均だけでなく、最も困る結果が起きた場合に耐えられるかも、状況に応じた判断材料になります。
これは理論から考えられる日常への提案であり、この確認方法自体が選択を改善すると実験で証明されたわけではありません。プロスペクト理論が教えるのは、不確実な選択では、利益・損失の基準と確率の受け止め方が、判断に関わる場合があるということです。
参考文献・出典
- Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263–291. プロスペクト理論の提案と、確実な利益・損失に対する選び方、価値と確率の扱い方の根拠。
- Tversky, A., & Kahneman, D. (1992). Advances in Prospect Theory: Cumulative Representation of Uncertainty. Journal of Risk and Uncertainty, 5, 297–323. 累積プロスペクト理論と、利益・損失および確率の高低による四つの傾向の根拠。
- Ruggeri, K., Alí, S., Berge, M. L., et al. (2020). Replicating patterns of prospect theory for decision under risk. Nature Human Behaviour, 4, 622–633. 19か国・4,098人による再検証で、元研究と同じ方向の結果がどの程度見られたかを示す根拠。