多元的無知とは?周囲の本音を誤解して集団に合わせる心理
授業の説明が難しく、質問したいのに誰も手を挙げない。そんなとき、「分かっていないのは自分だけだ」と思って黙ってしまうことがあります。ところが、ほかの学生も同じように困っていたら、どうでしょうか。
多元的無知とは、集団の人たちが実際には似た気持ちや考えを持っているのに、「周りは自分とは違う」と互いに思い違いをしている状態です。その誤解から、周囲に合わせた行動が続くことがあります。
多元的無知とは?自分と他人の「黙る理由」を違って考える
たとえば授業中、自分が質問しないのは「初歩的な質問だったら恥ずかしい」という不安からだとします。しかし、ほかの学生が質問しない姿を見ると、「あの人たちは説明を理解しているから質問しないのだ」と考えるかもしれません。
同じように黙っていても、自分の沈黙には不安という理由を見つけ、他人の沈黙には理解や賛成という別の理由を当てはめています。ほかの学生も同じ勘違いをしていれば、質問したい人が複数いても、誰も手を挙げない状況が続きます。こうした考え方は、MillerとMcFarland(1987)が検討し、Miller(2023)の研究のまとめでも授業の例を使って説明されています(Miller, 2023)。
集団で同じ思い違いが広がることが、この現象の特徴です。一人だけが周りの考えを読み違えた場合や、黙っている人の多くが本当に賛成している場合は、それだけで多元的無知とは判断できません。集団の人たちの実際の気持ちと、周囲の気持ちについての推測がどのようにずれているかを見る必要があります(Miller, 2023)。
研究で分かっていること
恥ずかしさで行動しない自分と、行動するはずの他人
MillerとMcFarland(1987)は、ほかの人も恥ずかしさから行動を控えることを想像できるか調べました。ある実験では、参加者に難しい文章を読んでもらい、分からないときは実験担当者に質問できると伝えました。質問すれば理解の助けになりますが、自分だけが分からないと思われて恥ずかしく感じる可能性もあります。
実際には参加者は質問しませんでしたが、ほかの参加者には質問する人がもっと多いだろうと見積もりました(Miller & McFarland, 1987)。この結果は、自分が質問を控える理由には恥ずかしさがあっても、他人も同じ理由でためらっているとは考えにくいことを示しています。
飲酒に対する大学生の本音と「周囲の考え」のずれ
PrenticeとMiller(1993)は、米国の大学で、学生自身がキャンパスの飲酒習慣をどう思っているかと、周りの学生がそれをどう思っていると予想しているかを、四つの研究で比較しました。
学生たちは平均的な学生や自分の友人のほうが、自分より大学内の飲酒習慣に抵抗がないと思っていました。しかし、学生本人たちの回答を調べると、周囲の考えは予想ほど肯定的ではありませんでした。周りの人が本当はどう感じているかを、集団として誤って見積もっていたのです(Prentice & Miller, 1993)。
同じ研究で学期中の変化を追うと、男子学生では、自分の態度が「周りの平均的な学生の態度だ」と推測していた方向へ近づきました。一方、女子学生には同様の変化が見られませんでした。また、周囲と自分が違うと思うことは、大学や仲間から疎外されている感覚とも関係していました。ただし、最後の結果は回答の間に見られた関連であり、思い違いだけが疎外感の原因だと示したものではありません。
思い違いを話し合うことで、その後の行動は変わるのか
SchroederとPrentice(1998)は、大学に入学したばかりの学生452人を対象に、寮の小グループを単位として、開催日や寮に偏りが出ないよう二種類の話し合いに割り振りました。一方は「ほかの学生が飲酒をどう思っているかを誤解している」という研究結果を紹介して話し合い、もう一方は飲酒の場面で個人がどう判断するかを話し合いました。
4~6か月後の追跡調査に回答した学生143人では、周りの考えについて話し合ったグループのほうが、個人の判断について話し合ったグループより、自己申告による1週間あたりの飲酒量が少ないという差が見られました(Schroeder & Prentice, 1998)。
この研究は、周囲の本音への誤解を知ることが行動に関わる可能性を示します。ただし、追跡調査への回答者は当初の約3割で、飲酒量は自己申告です。話し合い前の飲酒量は測っていないため、個々の学生が以前より飲酒量を減らしたかは分かりません。話し合いをしない集団とも比較しておらず、どんな集団でも同じ結果になるとは限りません。
身近な場面で考える
たとえば、友人たちが毎年泊まりがけの旅行をしているとします。今年は仕事や学業で忙しく、「日帰りにしたい」と感じている人が何人もいるのに、誰も言い出しません。ほかの人たちは予定どおりの旅行を望んでいると思い、それぞれが「今年も泊まりでいいね」と合わせてしまうかもしれません。
このようなとき、表に出ている賛成の言葉だけでは、実際の希望は分かりません。予定を決める前に、各自が希望を答えられるようにするなど、本人の考えと「みんなはどう思っているはずか」という推測を分けて確かめることが、思い違いを見つける手がかりになります。
これは研究で扱われた旅行の実例ではなく、日常に置き換えた仮の場面と提案です。黙っている人の本音がみな同じとは限りませんし、周囲の考えが正しく分かっても、別の事情で意見を言えない場合はあります。多元的無知は、集団の行動を理解するための一つの見方です。
参考文献・出典
- Miller, D. T., & McFarland, C. (1987). Pluralistic ignorance: When similarity is interpreted as dissimilarity. Journal of Personality and Social Psychology, 53(2), 298–305. 自分と他人の行動の理由を違って捉えることを調べた実験。
- Prentice, D. A., & Miller, D. T. (1993). Pluralistic ignorance and alcohol use on campus: Some consequences of misperceiving the social norm. Journal of Personality and Social Psychology, 64(2), 243–256. 飲酒習慣への本人の態度と、周囲の態度の見積もりとのずれを調べた四つの研究。
- Schroeder, C. M., & Prentice, D. A. (1998). Exposing pluralistic ignorance to reduce alcohol use among college students. Journal of Applied Social Psychology, 28(23), 2150–2180. 周囲の態度についての思い違いを話し合った後の、自己申告の飲酒量を比較した研究。
- Miller, D. T. (2023). A century of pluralistic ignorance: What we have learned about its origins, forms, and consequences. Frontiers in Social Psychology, 1, 1260896. 集団としての思い違いの定義と、起こり方・解消の難しさを整理した総説。