注意のフィルター理論とは?多くの情報から一部を選ぶ仕組みと減衰理論
にぎやかな場所で友人の話を聞いていると、周囲の会話は耳に入っていても、その内容までは追えないことがあります。注意のフィルター理論は、たくさんの情報を同時に詳しく理解することは難しいため、私たちはまず一部を選んで処理する、と説明する理論です。その後、選ばなかった情報も完全には遮断されないとする減衰理論が提案されました。
注意のフィルター理論とは?意味を理解する前に情報を選ぶ考え方
心理学者ドナルド・ブロードベントは、1958年の著書『Perception and Communication』で、注意によって情報を選び取る仕組みを説明しました。人が同時に受け取れる音や声の量に比べて、それらを詳しく理解するために使える力には限りがあります。そこで、必要な情報を優先する「フィルター」があると考えたのです(Broadbent, 1958)。
たとえば、左右の耳から別々の人の声が聞こえてくる場合を考えます。フィルター理論では、声が聞こえてくる方向や声の高さなどを手がかりに、どちらの声に注意を向けるかを選びます。選ばれた側の言葉は意味を理解する段階へ進みますが、選ばれなかった側の情報は、その段階へ進むことが妨げられると考えます。
つまり、言葉の意味を十分に確かめてから選ぶのではなく、声の聞こえ方などを手がかりに先に選ぶ、というのがこの理論の特徴です。選ばれなかった声が耳に届かなくなるわけではありません。ブロードベントは、選ばれなかった音も短い間は保たれ、その間に注意を切り替えれば一部を答えられると考えました。理論でいうフィルターは、情報を理解するための処理をどこに向けるかを表した考え方です。
研究で分かっていること:左右の耳で別の数字を聞く実験
ブロードベントは1957年、左右の耳に同時に異なる数字の列を聞かせ、聞いた数字を直後に書き出してもらう実験を発表しました。参加者には、指定された片方の耳で聞いた数字を先に答え、その後でもう一方の耳の数字を答えるよう求めました。
その結果、両方の耳から聞いた数字を答えることはできましたが、間違いは後で答えるよう指定された耳の数字に多く見られました。また、どちらの耳の数字を先に答えるかを聞き終わってから知らされると、正答率が下がる条件と、正答率は保たれるものの答える順番による間違いの現れ方が変わる条件がありました(Broadbent, 1957)。
この結果は、同時に入る情報を両方とも同じように扱うことの難しさを示し、注意や一時的な記憶の働きを考える手がかりになりました。ただし、数字を思い出す順番についての結果だけで、注意を向けなかった言葉の意味が絶対に理解されないと証明されたわけではありません。
選ばなかった声の内容にも気づくことはあるのか
フィルターが情報を完全に遮るという説明には、その後の研究から疑問が示されました。研究者たちは、左右の耳に異なる話を聞かせ、参加者に片方の耳の言葉だけを聞こえた順に繰り返してもらう方法で調べました。もう一方の耳にどんな言葉を聞かせるかを変えると、選ばなかった情報がどこまで気づかれるかを確かめられます。
1959年:聞き流した声から自分の名前に気づく場合があった
モレイの1959年の研究では、注意を向けていない耳に短い単語の一覧を何度も流しても、参加者は後からその単語をうまく見分けられませんでした。一方、聞き流している側から本人の名前が流れた場合には、それに気づく人がいました(Moray, 1959)。
自分にとって重要な言葉は、注意を向けていない側からでも気づくことがあるという結果です。ただし、誰もが必ず自分の名前に気づくわけではありません。その後の再検証でも、気づいたのは参加者の一部でした(Wood & Cowan, 1995)。
1960年:文章の続きが別の耳へ移っても、一部を繰り返した
トリーズマンは1960年、左右の耳に別々の文章を聞かせ、指定された耳の言葉だけを繰り返してもらいました。途中で二つの文章を左右の耳で入れ替えると、参加者が、指定された耳ではなく、もう一方の耳へ移った文章の続きを一語か二語だけ繰り返すことがありました。文章の続きとして予想しやすい言葉ほど、そのような反応が起こりやすい傾向もありました(Treisman, 1960)。
参加者が別の耳の文章を最後まで追い続けたわけではありません。それでも、音の入る側を選ぶだけでは説明しきれない反応があったため、注意を向けなかった言葉の扱いを考え直す必要が生まれました。
減衰理論とは?選ばない情報を消すのではなく弱める
こうした結果を踏まえ、トリーズマンは、選ばれなかった情報は完全に遮断されるのではなく、意味を理解する働きへの影響が弱くなると考えました。これが「減衰理論」です。「減衰」とは、弱まることを意味します(Treisman, 1960)。
二つの理論の違いは、選ばなかった側の情報の扱いにあります。
- フィルター理論:意味を詳しく理解する前に、一方の情報を選び、ほかの情報が先へ進むのを遮ると考えます。
- 減衰理論:選ばなかった情報も弱まった状態で処理されるため、条件によっては気づくことがあると考えます。
減衰理論では、自分の名前のように重要な言葉や、聞いている文章から次に続くと予想しやすい言葉は、弱まった情報からでも気づきやすくなると説明します。これは実際に周囲の音量が下がるという意味ではなく、注意を向けていない情報が、意味を理解する働きに及ぼす影響が小さくなるという理論上の説明です。
これらは人の注意を説明するための理論であり、実験で確認された反応から、頭の中に物理的なフィルターがあると示されたわけではありません。また、聞き流した内容を後から答えられないことだけでは、その情報がまったく処理されなかったとは言い切れません。
身近な場面で考える
たとえば、電車で友人の話を聞いている間に、車内放送が流れているとします。友人の話に集中している人は、放送があったことには気づいても、その内容を覚えていないかもしれません。しかし、降りる予定の駅名が聞こえると、放送に注意が移ることも考えられます。
この場面は、すべての音声を同じように詳しく理解しているわけではないことと、関係の深い言葉には気づく場合があることを、二つの理論から考えるための仮の例です。駅名を必ず聞き取れるという意味ではありません。聞き逃すと困る案内なら、表示も確かめるなど、一つの聞き取りだけに頼らない方が確実でしょう。
参考文献・出典
- Broadbent, D. E. (1958). Perception and Communication. Pergamon Press. ― 情報を詳しく理解する前に注意で選び取るフィルター理論を示した著書。
- Broadbent, D. E. (1957). Immediate Memory and Simultaneous Stimuli. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 9(1), 1–11. ― 左右の耳へ同時に数字を聞かせ、答える順番と間違いを比較した実験。
- Moray, N. (1959). Attention in Dichotic Listening: Affective Cues and the Influence of Instructions. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 11(1), 56–60. ― 聞き流した側の単語の識別と、自分の名前への気づきを調べた実験。
- Wood, N., & Cowan, N. (1995). The cocktail party phenomenon revisited: How frequent are attention shifts to one’s name in an irrelevant auditory channel? Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 21(1), 255–260. ― 注意を向けていない側に流れた名前への気づきについての再検証。
- Treisman, A. M. (1960). Contextual Cues in Selective Listening. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 12(4), 242–248. ― 文章が左右の耳を入れ替わる実験と、選ばなかった情報を弱めるという説明。