プルースト現象とは?においが過去の記憶や感情を呼び起こす仕組み
たとえば、町のパン屋から漂う香りを嗅いだとたん、子どもの頃に家族と朝食を食べた場面を思い出すことがあります。プルースト現象とは、においをきっかけに自分が経験した過去の出来事が浮かび、当時の感情や、その時間に戻ったような感覚を伴うことがある現象です。研究では、言葉や写真などと比べて感情が強く感じられる傾向が報告されています。
プルースト現象とは?においが思い出を呼び起こすこと
名前の由来は、フランスの作家マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』です。お茶に浸したマドレーヌという菓子を口にしたことから、幼い頃の記憶がよみがえる場面が描かれています。そこで描かれた味や香りと記憶の結び付きになぞらえ、心理学では特に、においを手がかりに個人的な過去の出来事を思い出す体験を「プルースト現象」と呼びます(Chu & Downes, 2000)。
ここでいう記憶は、単に「これはコーヒーのにおいだ」と分かることではありません。「以前、誰とどこでコーヒーを飲んだか」といった、自分が経験した出来事の記憶です。同じコーヒーのにおいでも、思い出す出来事は人によって異なります。
においと過去の体験はどうつながるのか
ある出来事を経験するとき、私たちは場所や人の様子だけでなく、周囲のにおいも感じています。後になって似たにおいを嗅ぐと、それが過去の出来事と結び付いた手がかりとなり、当時の場所や人の様子を思い出すことがあります。
においを感じ取る脳の働きは、感情や記憶に関わる働きともつながっています。この関係は、においを手がかりにした記憶に感情が伴いやすい理由の一つとして考えられています。ただし、脳のつながりだけで、あるにおいが特定の思い出を必ず呼び起こすと説明できるわけではありません(Larsson et al., 2014)。
また、思い出せる出来事の数と、思い出したときの感情の強さは別です。においは、言葉や写真より多くの出来事を思い出させるとは限りません。研究を整理した論文では、においを手がかりにした場合、思い出すまでに時間がかかったり、思い出せる出来事が少なかったりする結果も紹介されています(Larsson et al., 2014)。
研究で分かっていること
2002年:同じ出来事でも、においがあると感情を強く感じた
ハーツとスクーラーは、過去の個人的な出来事を思い出す際に、手がかりの違いで体験が変わるかを調べました。参加者にはまず対象物の名前から出来事を思い出してもらい、その後、実際のにおい、写真、対象物の名前という異なる手がかりのもとで、その出来事を振り返ってもらいました。
その結果、においを感じながら思い返した場合は、写真や名前を手がかりにした場合より、記憶に伴う感情が強いと評価されました。当時の場面に引き戻されたように感じる程度も、においの場合に強くなる傾向がありました(Herz & Schooler, 2002)。この実験で比較したのは、すでに思い出した出来事を振り返るときの感じ方であり、においの方が多くの出来事を思い出せるという結果ではありません。
2006年:においからは幼い頃の出来事が多く思い出された
ウィランダーとラーションは、高齢者93人を対象に、におい、ものの名前、写真のいずれかを手がかりに、自分が経験した出来事を思い出してもらいました。結果を比べると、においを手がかりにした記憶は10歳未満の出来事に多く、名前や写真を手がかりにした記憶は11~20歳の出来事に多く見られました。においで思い出した場合には、当時に戻ったような感覚も強く評価されました(Willander & Larsson, 2006)。
2026年:感情や昔に戻った感覚には差があるが、鮮明さは別
ボベイらは2026年、18件の研究、合計1,330人のデータをまとめ、においと、言葉・画像・音などの手がかりで思い出す個人的な記憶を比較しました。その結果、においを手がかりにした記憶は、ほかの手がかりによる記憶より感情が強いこと、心地よく感じられること、当時に戻ったように感じること、より幼い頃の出来事が思い出されやすいことで、全体として差が報告されました。
一方、記憶の鮮明さや出来事の細かさでは、においの方が優れているという明確な差は確認されませんでした。感情や当時に戻った感覚についての差も、全体としては大きなものではありません。研究者たちは、においの特徴がすべての記憶の性質に当てはまるわけではなく、比較する手がかりや研究条件によって結果も変わると述べています(Bobei et al., 2026)。
身近な場面で考える
たとえば、大人になった人が、帰省先の玄関で昔と同じ畳のにおいを感じたとします。小学生の頃、そこで靴を脱ぎ、祖父母に迎えられた場面をふと思い出し、懐かしさを感じるかもしれません。この場合、畳のにおいがその人の過去の体験につながる手がかりになったと考えられます。
ただし、誰もが同じにおいで同じ記憶を思い出すわけではありません。心地よい思い出だけでなく、嫌だった出来事が浮かぶ場合も考えられます。プルースト現象を知ると、ふとした香りで昔の気持ちが動く体験を、過去の経験と結び付いた記憶の働きとして理解できます。
参考文献・出典
- Chu, S., & Downes, J. J. (2000). Odour-evoked autobiographical memories: psychological investigations of proustian phenomena. Chemical Senses, 25(1), 111–116. ― プルースト現象の意味と、においが個人的な記憶を呼び起こす研究の整理。
- Larsson, M., Willander, J., Karlsson, K., & Arshamian, A. (2014). Olfactory LOVER: behavioral and neural correlates of autobiographical odor memory. Frontiers in Psychology, 5, 312. ― におい・感情・記憶の関係と、思い出される記憶の数などの研究の整理。
- Herz, R. S., & Schooler, J. W. (2002). A naturalistic study of autobiographical memories evoked by olfactory and visual cues: testing the Proustian hypothesis. The American Journal of Psychology, 115(1), 21–32. ― におい・写真・名前で同じ出来事を思い返したときの感情の比較。
- Willander, J., & Larsson, M. (2006). Smell your way back to childhood: autobiographical odor memory. Psychonomic Bulletin & Review, 13(2), 240–244. ― 高齢者93人が異なる手がかりから思い出した出来事の年代と感覚の比較。
- Bobei, O. I., Cîrneci, D., & Podina, I. R. (2026). Is the Proust phenomenon fact or fiction? A systematic review and meta-analysis of odor-evoked autobiographical memory. Psychonomic Bulletin & Review, 33, article 264. ― 18件の研究をまとめた分析による、においとほかの手がかりの比較および効果の限界。